「英文和訳」の意味について考える

勉強のコツ

最近気がついた事は

「そういえば昔僕は自力で和訳とかやってたけど、この頃はやってないなぁ」

もちろん、ある程度単語と簡単な文法が分かって直読直解で抑えれば意味が取れるというのもあるのですが。

英文和訳が英語の勉強だと思ってた頃

しかし、特に高校時代は和訳をすることこそ「英語の勉強」と信じて疑わなかった時期がありました。

何しろ、高校に入った時の課題は「1年のリーダーをレッスン4まで訳してこい」というものでした。

まぁ20年前は構文的にも複雑なものをいろいろと読ませていた事情もありますし、リスニングが無いのも大きかった。

さらに英文和訳の問題も今よりずっと多かったと思う。だから、英語の勉強=和訳だと。

しかし、こういうやり方していると、英文を読むたびに日本語に置き換えるクセが付いてしまうんです。

これが、私の場合、20代まで続いていました。当時TOEICを受験していましたが、450くらいでしたね。和訳しながら読むと読める量に限界があるし、リスニングはズタズタで、一回聞き落とすとついて行けませんでした。

英文和訳は中継点だった

端的に言って、英文和訳=英語の勉強は間違いでした。

英文和訳というのは、言葉の意味を正確に把握しているか、文法、文型を正しくとらえているかを確認する、それ以上の意味はなかったのです。

そのことを理解出来たのは國弘正雄先生の『英語の話し方』を読んでからでした。

この本で、分かったのは

いわゆる和訳や、その前の英文解釈というのはゴールではなく、あくまで内容を正確に把握してるかの確認作業でしかなかったのです。

そこは学習の中継点であり本番は、英文の徹底的な音読にあることをハッキリと理解したわけです。

難関私立卒でも「中学校レベル」を理解していなかった!!

さらに目にウロコが落ちたのは、先生が監修した、『英会話ぜったい音読』をやり込んだ時です。

この本をやって、もちろん基本的なスピーキング、リスニングの力も付いたのですが、最大の収穫は、英文をそのままで読む、直読直解の力がついたことでした。

先生の体験談に従って、この本のやり方を500回やってみました。

私一応、難関私立と呼ばれる明治大学を卒業してるんで、英語の学力はそこそこ(本音はかなり)あるだろうと自惚れていました。

ところが!英文レベルは中3くらいですが、やってみると分からないところがバンバカ出てくる。

それは文法の事とか、何気なく読み飛ばしていたが、実は分かってなかった言葉の使い分けと言った、実に多岐にわたるものでした。

その中には、大学受験の文法参考書に入る内容もありました。それをサラリと流して我々はうろ覚えで英文を読んでいたということです。

つまり、「大学卒業した人間の英語レベルでも中学生レベルの英文を完璧には把握していなかった」ということが分かったのです。

英文和訳中心では、そこから先に進みづらい

それがハッキリわかったのが、語数制限本を読んだ時。

語数制限本は平易な単語だけで構成されていますが、基本単語を駆使する分基礎が抜けてると読みづらい。どれだけ中学校レベルで手を抜いたか、その具合がハッキリ分かるんです。

どこで手を抜いたか…ここまで読んだ方なら分かると思いますが、基本的な英文を文法知識や基本的な語彙を固めながら、どれだけ英文を自分のものにできたか、ということ。

英文和訳中心で学ぶと、英文和訳で終わってしまい、さらに深いところまで潜る必要を感じられないということです。

ここが訳読の最大の弊害ではないか、と思います。

英文和訳した文はしっかり音読することが大事

英文和訳がゴールではなく、中継点だということをご理解できたかな…と思います。

それでは、この和訳グセ、解釈グセを直読直解に持っていくにはどうすればいいか。

これは言うまでもなく音読なのです。音読は、返り読みや和訳など介在させる余地が無い。

もちろん一発で分かるようになるためには辞書も引くし文法書も何十回もひっくり返すのですが、そのことを交えながら音読を一つの英文がスラスラ読めるまでやる。

英文を理解→英文をそのまま読める(書ける、話せる)まで徹底して繰り返す。

これがゴールだったわけです。

もちろん、翻訳家や通訳と言ったその道のプロはその限りではありません。

ただ、これは専門の技術であるので、学習者はその前に、英語そのものの勉強をすべき、必要なら和訳の訓練をする、というのが良さそうです。

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