門田隆将「この命、義に捧ぐ」再読

歴史

僕の仕事は夏休みがない分、年末年始の休みが長い。

これまで、読もうと思って溜めていた本の中から、門田隆将「この命、義に捧ぐ」を読みなおすことにしました。

この本の主人公、根本博は日本陸軍の内蒙古司令官として終戦を迎えます。

しかし、命令通りに武装解除を進めれば在留邦人と自分の部下がソ連軍に襲われて、どうなってしまうか分からないと判断。国民党の総統、蒋介石の協力で皆が無事帰国ができるまで逆命覚悟で頑張りとおしました。

根本博中将(当時)

根本自身は一番最後に帰国しますが、いよいよ帰国の際、蒋介石に「何かあったら必ず恩返しする」との言葉を残し、日本に帰国します。

その「何か」はこの3年後に起こります。

国共内戦で中国が、国民党と共産党の真っ二つに分かれて中国大陸の覇権を争います。

アメリカの支援を受け、最初は優勢だった国民党でしたが、日に日に劣勢になり、ついには中国大陸をたたき出され、台湾に逃げ込む状態に。

当時アメリカもあきれて匙を投げたようですから、よほど弱かったんでしょう。

ポンコツ漁船で、台湾へ…

「いつか恩返しを」と考えていた根本さんは、九州でオンボロの漁船に乗りこみ(当時は日本は占領下で、台湾とも国交はありませんでした)密入国で台湾に入り、蒋介石と再会。

軍事顧問として戦争に参加します。

そして、怒涛の勢いで迫った共産党軍を金門島におびき寄せて叩く戦術を根本は提案。その読みがズバリ的中し、共産党軍撃退に成功します。

赤く表示されてるのが金門島です。ここが陥落すると台湾本島が直接大陸の脅威を受けることになります。

この一勝が効いて、中華民国側は独立を保ち、現在に至っているのです。

戦史から消された、しかし「伝説の男」は語り継がれた

しかし、この戦いは中華民国にとっては、共産党軍に一矢報いて快勝した国民党軍の勝利要因が「昔の敵」日本から来た将軍の作戦であるというのがいかにも具合の悪いことのようであったらしく、台湾の戦史では抹消された事項とされてきました。

後に蒋介石総統と再会した根本博

でも、隠しても出てくるんですよね。根本さんの話は。

地元である金門島には、「自分たちがあの戦争で死ななかったのは、ある日本人のおかげだ」という伝承が残っているんです。

さらに、この根本さんを送り込んだ原動力になったのは、台湾を愛し、憂いていた台湾ゆかりの日本人や台湾の人々の縁もある。

彼らにとってみれば公式の戦史など取るに足らない。あの時、死力を尽くしたのは現地の兵士たちだけではなかった…というのが徐々に明らかになっていきます。

そしてこの戦いから60年後に、根本さんの存在がクローズアップされます。読者としては胸が熱くなる、感動の瞬間です。

でも、まぁこれは僕の推測ですが、根本さん本人にとってそんなことは「どうでも良かった」ことであったと思います。

彼にとっちゃ、自分の部下や在留邦人のためにひと肌脱いでくれて、日本の国体を保持するために動いてくれた蒋介石に対する恩返しだと思っていたんでしょう。

台湾に渡るのも命がけで、オンボロの漁船に乗っての「押しかけ」だったし、無償の行為で台湾に渡っている間、家族はほったらかしだったし…。

でも、そこまでしても彼が台湾に行ったのは、「恩人である蒋介石がピンチだから」っていう一点なんですよね。タイトルの「義に捧ぐ」っていう言葉が全然誇張じゃないんですよね。

読んでて、「この人だったらこうするだろうな」っていうのが違和感がない。自分じゃこんなこと、できないしやろうとも思わないですが、だからこそこの人の稀有な人格と勇気が輝いている気がするんですよね。

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