「峠の釜めし」の思い出

雑談

この記事では、群馬県安中市(旧松井田町)の名物駅弁「峠の釜めし」と私との思い出を書いていこうかなと思います。

両親の両親がどちらもこの町に住んでいたので、個人的に色んなつながりがあります。間接的に「峠の釜めし」を作ってる会社、おぎのやさんにはお世話になったんですよね…

楽しい駅弁をコンセプトに誕生

昔の駅弁って、おにぎりに香の物といった簡便なものが多かったんだそうです。

食べ物が貴重な時期だとそれでも売れたそうなのですが、戦後食料問題も解決されてくると、お客様もそれ以上のお弁当を求めるようになったそうです。

そこに気づいたおぎのやの社長さんが、電車の中でお客さんに「どんなお弁当が欲しいか?」を聞いて回ったところ、「楽しいお弁当がいいな!」という声があったそうです。

そこで一人前の素焼きの釜に、炊き込みご飯と具材を盛り込んだ「峠の釜めし」を考案。コレがバカ受けしたそうです。

私自身は子どもの頃から親しんでいたので特別に感じなかったですが、普通お弁当はオリに詰めますもんね。

そこを重厚な釜に詰めるというのは思い切ったアイデアですよね。

鉄道から、自動車に移動手段が移ったことにもいち早く対応し、JR信越本線に並走する国道18号に駐車場の大きなドライブインを作り、ドライバーに釜めしを売る、というアイデアも当たります。

ドライブイン=おばあちゃんの職場

このドライブインが出来てから働いていたのが私の母方の祖母。

祖父は早くに亡くなり、片親で三姉妹をきっちり高校を卒業させた頑張りもので、私が生まれてからもしばらくココで働いていました。

上信越道はまだ開通してなかったので、だいたい国道17号を下って高崎で18号に乗り、3時間くらいかけて帰省したものです。

で、さらに先にある父親の実家に行く前にこのドライブインに寄りました。

そうするとおばあちゃんがひと仕事を終えてお店の外に出てきて、初孫の私の顔を見にくる。

汗を拭き拭き歩いてくるあの時のおばあちゃんの顔は、楽しそうな、優しい顔でした。

その後、このドライブインは小学校の林間学校でもトイレ休憩で立ち寄ることになるのですが、その時は上に住んでる父方の祖父母が会いに来てくれた思い出の場所でもあります。

群馬に行くたびに「釜めし」が出た!

父方の祖父は戦後に食べ物に不自由してたこともあり、孫が集まると色々ご馳走を振る舞ってくれました。

そんな中の一つが「峠の釜めし」。

一回行くと3泊くらいはするのですが、そこで一回は「釜めし」をみんなでぱくつくことになります。

ただ、釜めしそのものは好きでしたが、釜めしには栗とアンズが入ってます。

私は「ご飯に甘いものが付くのが苦手」でした。そこで…隣に座ってる弟の釜めしにヒョイとそれらを移し替えて知らんぷり…

周りの大人たちは私の「完全犯罪」には全く気づかず、「すごい!栗とアンズが2つ入ってる」「当たりだね!」と大騒ぎ。

当時、幼少の弟は大喜びで食べてました。

覚えているかは知りませんが、弟よ、アレはそういうことだったんだ…orz

鉄道から車、さらに新幹線や高速道路と交通手段が変わっても、そっちに販路を広げたり、さらには駅弁フェスの常連となるなど、おぎのやの快進撃は続きます。

あのあたりのほぼ唯一の成長企業ですから、地元の学生もアルバイトに雇い、せっせと釜めしを作ってました。

私を可愛がってくれた群馬のお姉ちゃんも、例外ではなく、お弁当作りにせっせと励んでいたのだとか。

最初は、横川軽井沢間の機関車連結中に売ってた「峠の釜めし」ですが、今では聞いたところ、その割合は1%を切っているとか。

売る形を変えても生き残り、今も愛される「楽しい駅弁」峠の釜めし。私にとっては、今は亡き祖父母や、なかなか会えなくなった親戚との思い出がこもった、懐かしい一品になっております。

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