この記事では、天皇のお口に入るものを常に作り続ける、料理番たちの失敗談をご紹介します。
どんな名人にも、細心の仕事をしても付きものなのが失敗。普段は絶対にないようにと抜かりのない仕事をしていても起こる時は起こるもの。
そんな激レアな、料理番たちの失敗談をご紹介します。
盗まれた?いなくなった??ザリガニ大量失踪事件
大正天皇がご即位をされた時に、総指揮のために宮内省大膳課に入ったのが、のちに小説『天皇の料理番』でもおなじみの秋山徳蔵さんでした。
そのご即位で提供される食事は2000人分。そして、そのメニューの中で「ザリガニのポタージュ」は絶対に入れたい一品。
しかし、当時はザリガニは食材として認知されていないため、軍隊を動員して二ホンザリガニの採集を行い、予備を含めて3000匹を集めることに成功しました。
ザリガニは生きたままにするため、大きな水槽に水道で水を流しつつ、3000匹の保管をすることにしたのですが…ある朝、ほとんどいなくなっていて、秋山さんは真っ青に。
もうメニュー表は印刷に回してしまったから、今更変更はできない。もう一度軍隊に集めてもらおうと思ったって、もう時間がない。
盗まれたのか、消えたのか…頭の中がてんぱっていたら、部下の悲鳴が聞こえてきました。
「どうした?」と駆けていったら、箱を置いた物陰に、うじゃうじゃいたザリガニ。
まさか、というんで保管室の物陰というものかげを全部チェックしたら、あっちに10匹、こっちに20匹と続々見つかり、なんとかほぼ全部のザリガニを回収。
秋山さんもホッと胸をなでおろしたとか。
…でも、どうしてこんなことになったのか?と調べたら
保管場所は常に灯りをともしていたので、光を嫌うザリガニにとってはイヤな環境となったうえ、水を流す音がうるさい、と当直が水道にタオルを置いて音を抑えていたら
そのタオルをザリガニが伝って脱走を図っていたと後に判明しました。
タコ糸を外し忘れたまま、陛下の前に出されたトゥルヌド
同じく、秋山さんの時代の話。
昼餐会で、昭和天皇がトゥルヌドという料理に手を付けずに戻してきました。
トゥルヌドは牛のヒレ肉にベーコンを巻き付けてソテーをする料理。
どうしたんだろう、と料理番たちが仔細に皿を調べると、陛下のお皿のは、ベーコンを固定していたタコ糸が外し忘れてあったことが判明。
慌てて料理の指揮をとった秋山さんに知らされました。
秋山さんも仰天して、他に同じような皿がない事を確認したうえで、自室に入って「進退伺い」を書いて侍従のところにお詫びを入れた。
侍従はすぐ陛下のところにやって来て、事態を報告。すると…
いちばん最初に陛下が尋ねたのは「他の皿は大丈夫だったか?」ということ。大丈夫でした、と侍従が報告すると、陛下はホッとした表情で「それは良かった」とひと言。
秋山さんには「今後気を付けるように」のひと言でおわり。当然進退伺いは受理されませんでした。
ヒラメの骨を取り忘れる
昭和天皇の時代の宮中晩さん会のときの話。その日出た魚料理は「ヒラメの帆立貝包み白ワイン煮」という料理でした。
この料理は、ヒラメの骨を全部抜く料理で、当日の参列者は100人を超えるから、相当根気のいる作業です。
この作業に従事していたのが、当時大膳課に入って3年目だった工藤極さん。1センチ以上の骨をピンセットで全部抜き「これで大丈夫」とチェックを受けて、先輩もGOサイン。
すると、またもひとつだけ、陛下のお皿に骨の入ったのが回ってくるという形に。
この時、指揮を取っていた中島伝次郎さんは、すぐ魚屋に電話しろ、と工藤さんに命じ
わざと「魚に骨があったんだよ」と担当にクレームを入れた次第。下っ端に責任が行かないように、あえて自分が責任を引き受けるためのポーズだったんですが
みんな「ムチャクチャな事を言いよる」と噴き出し、仕方がないよと丸く収まった。
ちなみに、見つかった骨は1センチにも満たない微小なもので、気づいた陛下はもちろん、侍従も主膳課も「おかまいなし」で、工藤さんはその後も責任を取らされることは一切ありませんでした。
昭和天皇も、どうやら「他の人に行かなくて良かったね」と話していたとか、いないとか。
歴史は繰り返す?今度は紀宮さまに…
時代は飛んで、平成の御代になります。今の上皇上皇后両陛下、今上陛下、黒田清子さんがお客様を招いてお食事会を催していた時のこと。
返って来た紀宮殿下(当時)のお皿に、何かが乗っていることに気づきました。
ナイフとフォークの陰に置かれていたのは、折りたたまれたラップ。
その料理はホタテと小エビのムースを茹でたホウレンソウで包み、ラップでくるんで蒸しあげたもの。
蒸しあがったあとでラップを外し、お皿に盛りつけて出した…はずなのに、ラップがキレイにはがれずに、残ったものがあった。それが紀宮殿下に回ってきた、というわけ。
急いで同じ料理の皿を調べたところ、ラップが残っていたのは紀宮殿下のお皿だけ。
慌てて、料理の指揮を取っていた渡辺誠さんは、紀宮殿下にお詫びに行ったそうです。
すると、紀宮殿下は「いいえ、私のところで良かったです。大丈夫ですから気にしないでください」と微笑みながら返答され、むろん責任問題にはなりませんでした。
普段の仕事が半端ないから、相互信頼が確立している
とまぁ、主だった失敗談を書いてきたのですが、天皇の料理番というお仕事は日々の食事もお作りすれば、大宴会の料理も行うわけです。
それで、普段は無事つつがなく仕事を全うしている。そんな中にたまーに、こういうアクシデントがあるわけです。
そういうことを十分理解しているので、天皇陛下も皇族のみなさまも、お客様に不快な思いをさせなくて良かったとは思っていても
仕事をした料理番たちの腕には普段から触れていて、全幅の信頼がおかれているわけです。
ただ、どんなに全力を尽くしても、起こる時は起こっちゃうし
それでも、普段から誠実な仕事をしているからこそ、陛下も皇族の方々も咎めることはない、ということでしょうね。
【参考書籍】
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