この記事はブログ主がこれまで書きためた、昭和天皇エピソード記事をアクセス順にまとめていきます。ソースは主に昭和~平成で出版された絶版本をメインにしております。
内容は、歴史的な内容から、普段仕えていた側近が書き残した、割とかわいいエピソードが中心です。
第1位:「耐え難きを耐え」しか知らない方のための玉音放送講座
当ブログのアクセス第1位は、8月15日を前後する時期に決まって流れる「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」というフレーズが印象的な、玉音放送についての記事です。
「実は、このフレーズよりもっと重要なメッセージがある!」というのがキモで、
現代語訳からまず全体の内容をザックリとつかんでもらい、当時の情勢などや「天皇がマイクの前に立つ」という意味などの意味をおさらいして、
今の我々にも通じる「未来に向けて日本人はどうするべきか?」というメッセージを読み解いてみました。
第2位:昭和天皇と歩んだ皇后、香淳皇后ってどんな人?
アクセス第2位は、昭和天皇の后であり、上皇明仁陛下の母親でもある香淳皇后のエピソード集です。
昭和天皇の方が、エピソードとして何冊も出版されていますが、香淳皇后はその性格から昭和天皇エピソードに時折、ひょっこり顔をのぞかせては、すごくホッコリした役どころで登場することがおおいお方です。
また、今の皇后陛下のように上皇陛下ご誕生までは、女の子に多く恵まれたことから
非常にプレッシャーを感じておられた方でした。
現代と違い、恋愛感情を持って結婚したわけではないですが、昭和天皇と昭和の時代を歩んだプライベートなエピソードを中心にまとめてみました。
第3位:昭和天皇のお食事エピソード
第3位は、みんなが誰しも気になる食べ物エピソードです。
「好物はイチゴジャムのサンドイッチ」
「アメフラシを食べた話は本当か?」
「ふかし芋の皮をむいたら『皮のところが美味しいのに』と昭和天皇が怒った話」
「皇居からウナギの出前を取った話」
など、当時仕えた渡辺誠さんや谷部金次郎さんといった「天皇の料理番」の証言からまとめてみました。
第4位:昭和天皇「フグ論争」の真相
某掲示板でも有名になったコピペで、昭和天皇がフグを食べられなかった話が面白かったので、詳しく掘ってみた記事が第4位です。
定期的に誰かに発見されては紹介され、ポッとアクセスが増える不思議な現象が良く起こります。
生物学者昭和天皇が理詰めで「なんでフグ食べちゃだめなの?」と反対する侍医を小一時間質問攻めにする話、そしてなんでそんなにフグを食べることにこだわったのか?
これにはもう一つ裏話があって、皇族も「フグはダメ!ゼッタイ!!」という侍医たちの謎ルールにちょっと疑問を感じていたのでは?と思わせる内容でした。
第5位:昭和天皇が伝説のお色気番組『プレイガール』を見た話は本当か?
ウィキペディアにもある「昭和天皇が見たテレビ番組」の項目で、当時男性から絶大?な人気を集めていたお色気番組が入っていた
というところから、真相を探ってみた記事です。
このランキング中、ソースを探すのが一番大変な記事でした。
というのも、現代出版される昭和天皇関係の書籍では全く取り上げられない内容なのに、ウィキペディアでは原典を明示されずに番組名だけ挙げられているという状態で、何冊も古本を当たり、やっとこさ意味が分かった…という内容だったからです。
今みたいにポルノがインターネット上に転がってる状態でもなく、お金も自分で使ったことがほとんどない、という天皇陛下がホントにお楽しみあそばされた…のか?それは見てのお楽しみ、ってことで。
第6位:昭和天皇が楽しんだ「相撲トトカルチョ」
好角家でもあった昭和天皇が、側近たちと楽しんでいた大相撲の勝敗予想を書いた話が第6位にランクインしました。
側近たちがなんとなーく内容を濁して書いていたのでこのエピソードは結構有名だったりします。
ただ、先ほども書きましたが、昭和天皇はお金を持っていなかったので
賞品は…だったんです。
どんなに忙しくても、お出かけでも、これだけは必ず楽しんでいた…昭和天皇のささやかなお楽しみを覗き見して楽しめるエピソードに仕上がったかな、と個人的に好きな記事です。
第7位:昭和天皇記念館に行ってみよう!
東京都立川市にある『昭和天皇記念館』に行った時の話をまとめたのが、第7位にランクイン。
ちなみに、この施設の立ち上げに関わった人と知遇を得て、おうかがいしたエピソードは
「最初は昭和神宮を作ろうと有志で発案して、宮司も用地もあたりを付けてから政府に申し出たら『神社だけはちょっと…』と慌てられて、結局『昭和天皇記念館ではいかがでしょうか?』と申し出られちゃった、あはは…」
とのこと。
政教分離の原則に従い、造られた施設ですが、昭和生まれには懐かしい雰囲気が多くおススメな場所です。5月の連休くらいに行くと、メチャクチャ気持ちがいいですよ。
第8位:テーマは別!「人間宣言」を読み直す
1945年8月15日の玉音放送が、割と反響が良かったので、「読んでみると真意が違うシリーズ」第2弾として書いたのが、これ。
原典が文語調なんで、現代語訳から読んで、分かりやすくしました。
またそもそも「人間宣言」というタイトルがおかしい!ということで、生前に公式記者会見で昭和天皇が語っておられた内容をまとめました。
第9位:鉄は熱いうちに打て!昭和天皇の幼少期に影響を与えた「3人のオトナ」
昭和天皇がご誕生から立太子までにその養育に尽力した、
川村純義、足立たか、乃木希典の影響を考察した記事です。
子どもの頃はどんな人でも人格的には未熟であって当然ですが、将来の天皇という宿命を嫌でも背負わされる人物ともなると
それは国を育てることと一緒。
そんな思いを持って、皇孫迪宮裕仁親王に「人間とはどう生きるのか」「天皇とはどういう存在か」を刻み込んでいったオトナたちをご紹介しました。
第10位:昭和天皇とお酒のエピソード集
昭和天皇は下戸なのに、なぜかお酒にまつわる面白エピソードが溜まってきたので在庫一掃のために書いた記事です。
今はそんなにお酒が交流の主体になることはありませんが、当時は飲むことは今以上に楽しみな時代。
天皇臨席で内輪で盛り上がり、皇后陛下を「奥さん」呼ばわりする側近に
天皇皇后両陛下も吹きだして、席は大いに盛り上がったエピソードが「なんとなく威厳があっておっかない」イメージとは違うなぁ、これは書いておきたい…とそのために書いた記事です。
第11位:生物学者昭和天皇が「助手」をつとめた話
昭和天皇の趣味の一つに生物の研究があります。
政務の合間に標本採集を行い、分類学の観点からコツコツと取り組まれました。
合間といっても素人研究者のレベルどころじゃなく、裕仁名義で専門書を書かれ、新種もいくつも見つけるほど熱心に取り組んでいたそうです。
で、それを見ていた侍医がついうっかり「自分もやりたい!」と発言したら、
本人以上に天皇がノリノリになり、侍医がモタモタしていると脇から手伝ってくれたり
「もっと研究しなさいよ!」とアドバイスをしたりされて、侍医が大いに恐縮したという話が面白かったのでまとめたものです。
第12位:ある意味激レア!昭和天皇「お怒り」エピソード
生前は温和なお姿が多かった昭和天皇ですが、人間ですから喜怒哀楽がある。
しかし、エピソードとしてしっかり残っているど怒りしたエピソードはそんなにありません。
そんなエピソードの中から、特に「はっきり怒り爆発」な激レアエピソードをまとめてみました。
第13位:独断と偏見で書く「昭和天皇の7人の子供たち」
昭和天皇は香淳皇后との間に2男5女をもうけています。
そんな宮様たちを独断と偏見で紹介したのが、この記事です。
個人的には一番上の東久邇成子さんと池田厚子さんが書きたくて作った記事。そしてこの記事の裏テーマは「結婚」時代によって年齢差のある宮様たちの結婚事情は、中々示唆に富んでいるとおもいます。
第14位:我慢強い昭和天皇が「痛いっ!」とつい言っちゃった話
昭和天皇って、生前痛いとかかゆいとかあまり言わない人でした。
それは、最晩年に行った開腹手術の後でも、病に臥せった後も変わりません。
とにかく、自分が痛がるということが周囲に迷惑をかけるから、と考えたのか、とにかく大変な我慢強さでした。
でも、決して痛みを感じない特異体質…というわけではなく…という話です。
第15位:『昭和天皇の戦後巡幸』の厳選エピソード
この記事は、昭和21年から昭和29年まで行われた「昭和天皇の戦後巡幸」のエピソードで、ブログ主が厳選したエピソードをご紹介しています。
とはいっても、ご巡幸自体33000キロの旅程に、2万人近い人との直接の対面をこなすという
ボリュームもあり、現在も時間を見て、記事を更新し続けています。
第16位:昭和天皇とテレビ番組の話~どんな番組を、どうやって見ていたのか?
生前、昭和天皇のテレビの楽しみ方って、ご本人が全く話さなかった一方で
側近の人たちが書き残してくれた話をまとめて、一本にしてみました。
私も見ていた「小公女セーラ」を地方にお出かけの際も見たいと、お付きの人に放送されたか確認された話や、
当時はまだ貴重だったビデオ録画もして、気になるドラマやアニメは全話見ていた話など、興味深いネタが掘れたかな、と思います。
第17位:昭和天皇と御製~31文字に秘められたエピソード
技巧に走らない、率直な感情表現がかえって心地いい、昭和天皇が詠まれた短歌(御製)について
調べて書いた記事です。
普段短歌になじみがない人でも、読んで楽しめるように書いてみました。
番外編1:昭和の侍従長、入江相政さんの本が面白い
昭和天皇の元で長年侍従を勤めた
入江相政さんの本を読んだ記事もついでに紹介します。
この本のいいところは、最も近いところで仕えた人であり、昭和天皇の気持ちを体現すべく天皇の毎日を差配した「はとこ」が、
その文才で生き生きと描いているところです。
「昭和天皇の素顔」に一番迫った本は、おそらくこの本ではないかと思いますよ。
番外編2:昭和天皇の長女が書いた「戦後のやりくり奮闘記」を読む
昭和天皇ご本人ではないのですが、長女の東久邇成子さんが戦後
民間人になった後、戦後のタケノコ生活を生き生きと描いた『やりくりの記』を読んで
これはいい、と今の言葉遣いに書き改めたものをご紹介します。
番外編3:今も続く皇居勤労奉仕の原点は終戦直後…昭和天皇をなぐさめた「みくに奉仕団」
全国御巡幸に先立つ、昭和20年12月8日。
初の清掃奉仕団が皇居の清掃を行ったきっかけを書いたものです。
これは、いわば国民からの昭和天皇への熱烈なラブコール。
昭和26年には4万人が清掃奉仕に訪れました。
今でも続く、清掃奉仕団の原点がとても素敵な話だったんで、リクエストに応じて書かせていただきました。
番外編4:「佐藤は法律を読んでいないのか?」佐藤栄作の反物を昭和天皇が付き返したわけ
昭和天皇の后、香淳皇后のお召し物があまりにひどい、と
佐藤栄作総理大臣(当時)が反物を献上しようとして、突き返された時のお話です。
こう言っちゃなんだけど、佐藤総理は昭和天皇が大好きで、自分の事を「臣栄作」と言ってみたりするブログ主と同じ発想の持ち主なんですが
昭和天皇は困惑されたそうです。その理由は…というのがこの記事です。
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コメント
どの話も好きだな~
ほっこりしたり、涙がでたり、笑ってしまったり、気を引き締められたり
いつまでもいついつまでも国民とともに末永い皇室でありますように。
[…] ほのぼの成分100%!読んだら好きになる昭和天皇エピソード https://idliketostudy.me/shouwa-tennou-matome/ 天皇の料理番-秋山徳蔵と昭和天皇のフグ事件 […]