昭和天皇「フグ論争」の真相

昭和天皇

令和2年ももうすぐ一か月。改元の時に昭和を振り返る、という企画が盛り上がり、関連書籍が続々と出版されました。

今回は絶版ながら、昭和生まれには懐かしい空気満載の一冊、『上着を脱いだ天皇』をご紹介します。

先日当ブログで、同書から『昭和天皇とプレイガール』という記事を書きましたが、それだけではもったいないくらいの豆知識が詰まっている同書を、前回書ききれなかったところを何回かに分けてまとめていきます。

今回は、某サイトのコピペでも有名な「フグ論争」の詳細をご紹介します。

昭和天皇は本当にフグを食べたことはないか?

結論から言うと、昭和天皇はフグを食べたことがありませんでした。

下関に行幸した時も、地元の人が差し上げようとしたら侍医に止められた、というのはネットにもあります。

そして、侍医と「なぜフグを食べちゃいけないか?」と議論を戦わせたというのも、結構有名な話です。

しかし、本書ではこの「フグ論議」に関して重要なことが抜けていたんです。

それは、なぜ天皇が侍医に議論をしたのか?です。よほどフグの旨さを堪能したかったのか?これがどうもニュアンスが違う。

そのフグ論争は昭和天皇の次男常陸宮殿下(上皇陛下の弟君)が持ち込んだ時に起こったものだったのです。

常陸宮正仁親王

当事者が残した「フグ論争」の一部始終

当時の様子を当時の侍医、杉村昌夫さんは次のように話しています。

陛下が“フグを食べてもいいか”とおっしゃるから、“いや、フグだけは差し上げないことになっております”と申し上げると、実は義宮(常陸宮)さまが侍従を通して献上してきた、とおっしゃる。“それは困ります。それはやめていただきます”と私が答えたら、どうしていけないんだということになった。すったもんだで、恐れ多くも大論戦になった。(p.176)

この論戦はその日の就寝前に再び、蒸し返されます。昭和天皇は理詰めで怒涛のラッシュを見せます。

陛下もはじめはそんなおつもりではなかったと思うけど、こんなに抵抗する侍医もめずらしいとお思いになったんでしょうな。理屈で向かってこられる。“杉村、そういうことを言うが、折角ヨシ坊(義宮)が東園侍従を通じて持ってこさせたものだから、絶対に大丈夫だ。杉村みたいなことを言うなら、それでは東園侍従は不忠の臣か”というようなことをおっしゃる。“とんでもない。東園さんはまことに忠義な男で、そんな不忠な臣というにはあたりません。しかし陛下がお食べになるのだけはおやめいただきたい、と申し上げているのでございます”と私が言う。そうしたら、フグの料理は東京都のライセンスがある料理人でなきゃできないが、東京都知事の許可をもらっている者の調理だからいいではないか、とおっしゃる。(p.176)

東園侍従は不忠の臣か?とはずいぶんと思い切った発言だなと思います。とはいえ、ここまで読んでて、私は常陸宮殿下だってフグを食べられないことくらい先刻承知だろうに…

また東園侍従も、やはりそのような話は承知してたはずで、なぜあえて献上したのかが気になります。

これは私の推察なのですが、侍医たちが頑なにフグを拒否するのを、皇室の方々も「さすがにそれは…」と思ってたんじゃないでしょうか。

だから一回前例ができたら、そう反対もできないだろうし、毒の部分を除いたフグ、あるいは調理したものなら…と思ってもおかしくないかと。

議論はさらに白熱し、昭和天皇はご自身の生物学の知識から、侍医に理詰めで攻める一方、侍医の杉村さんは、立場上「みっともないから」と苦しい弁明に終始したそう。

議論は1時間半から2時間続き、そこで助け船を出したのが、香淳皇后。

「杉村、その辺でもうやめたら」との一声でタオルが投げ込まれたとのこと。

ホントは天皇陛下に対しても「仕方ないんだから…」と思っていたかも知れませんが、天皇に皇后が物申すわけにもいきませんもんね…

ところで今の皇族方はフグを食べたことないのか?

現在でも天皇の料理番たちはふぐを扱うのはタブーなそうです。

が、調理済みのふぐ刺しは、毎年各宮家に下関から献上されているので、上皇陛下や今上はフグを口にされたことはあるはずです。

もしかしたら、この時のフグ論争がその後の歴史を変えた、わけないか…

最後までお読みいただきありがとうございます。

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