みんなを見守る日本のお父さん、上皇陛下のほっこりエピソード集

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平成時代に天皇として務めを果たした上皇陛下

ニコニコしたお姿や、被災地でみんなを慰める姿をご記憶の方が多いでしょう。

上皇陛下(Wikipediaより引用)

ここでは、割と知られていない、天皇としての功績

また、人間的なエピソードを中心に取り上げてみます。

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いきなり頭を坊主にされて「黙ってしないでね」と抗議

まだ上皇陛下が、おかっぱ頭がかわいい男の子の頃の話。

学習院初等科に入学に当たって、坊主頭にしないといけなくなり

側近たちは黙って、髪を坊主頭にしちゃうことにしました。

で、理髪師は気取られないように髪を整え、お付きの者は御所の中にある鏡という鏡を撤去して

頭が変わってショックを受けないように…という徹底ぶり。

それでも、「天網恢恢疎にして漏らさず」とはよく言ったもので、

その晩、お食事のお吸い物に映った自分の坊主頭を見て、

「髪の毛がない!!!」とショックを受けた明仁殿下(当時)。

でも、それを怒って周りにいうのではなく、お頭を撫でてしょんぼり…

就寝の前、当直の女官に

「宮のいやなことは、これからだまってしないように、みんなにそう言ってね」と悲しそうに言ったといいます。

ライギョとにらめっこ

子どもの頃、ご学友と一緒に水族館に行ったときの話。

生き物大好きな明仁殿下は友だちに「この生き物はねぇ…」と明るく教えてくれる生き物博士。

この日も水族館で水槽を眺めていたら、ライギョが水槽の底にいるのに気づいて、学友に

「このライギョってたまに呼吸のために水面に浮かび上がるんだよ。それまで見ていようよ」とおっしゃったそうです。

ところが…その日のライギョは人目が気になるのか…あるいは横着なのかは知らないが、水槽の底でふて寝を決め込んでいるかのように動かないでいる。

これが結構長い時間なんで、学友は「チャブ(明仁殿下のあだ名)さんとライギョの根比べかよ?」とヤキモキしはじめたとか。

でも、明仁殿下はさぁ、いつ上がってくる?とジーーーっと見つめている。

そうこうしているうちに、ついにライギョが根負けしたのか、それとも、そろそろ呼吸するかと思ったのか、水面にプカリと浮かんできた。

学友に振り返り「ね!?浮かんだでしょ?」と得意満面。

タイにティラピアを贈る

上皇陛下は天皇に即位する前から、生物学(主にハゼ)の研究を重ねられました。

そして、タイ王国がたんぱく源の確保に苦労していることを知り、

ナイル川に生息するティラピアを贈ります。

日本でも、イズミダイとして流通していました

水の水質低下にも強く、大きく育つ。その上食味は非常に良い。

ティラピアは熱帯気候であるタイ王国の気候にバッチリ合い、

上皇陛下の名前から一文字取った「プラーニン」(仁魚)と呼ばれるようになって養殖が盛んになりました。

今ではタイの人々の食生活に欠かせない魚となっています。

ブルーギルの大繁殖に心を傷める

同じように食糧難だった日本にも、陛下はある魚を日本に移入させました。

それは、ブルーギル。

アメリカ大陸では40センチ近くの大きさに育ち、食味もいいことから勧め

「皇太子殿下が勧めてくれたプリンスフィッシュだ」と養殖が進みました。

しかし日本の気候では多くの場合20センチほどにしか育たず、思ったような歩留まりが得られない一方で

養殖所から逃げた魚が河川や湖沼で大繁殖をしてしまい在来種を圧迫してしまうことになりました。

今は特定外来生物などへの厳しい目を向けられることが多いですが、

これは上皇陛下がウッカリしたというより、外来種を扱うことが生物のプロである学者でも

こういった外来種の予測ができない、難しいものであったかを示しています。

陛下は天皇即位後の2007年の「第27回全国豊かな海づくり大会」において

「ブルーギルは50年近く前、私がアメリカから持ち帰り、水産庁の研究所に寄贈したもの。食用魚として期待が大きく養殖が開始されましたが、今このような結果になったことに心を痛めています」

との言葉を寄せておられます。

ちなみに、この話はメディアではタブーとされており、

野食ハンターの茸本朗さんもテレビで「ブルーギルがなぜ日本に持ち込まれたか?」を説明すると例外なくカットされてしまう、と話していました。

息子の誕生日に間に合うように砂場を作る

息子の浩宮徳仁親王(今上天皇)が誕生すると

お住まいの東宮御所の庭の芝生を剥がして公務の合間にシャベルで穴を掘り始めた皇太子皇太子妃両殿下(当時)

侍医が気づいて皇太子殿下に尋ねると「ナルちゃんの砂場を作っているんだ」と笑顔で答えられました。

穴は4メートル四方、深さ50センチ。

今上陛下1歳の誕生日に向けて、お二人はコツコツと掘り進め、底には川砂が敷き詰められた立派な砂場が完成。

ちなみに、夏にはこの上にビニールをかぶせて水を入れ「プール」としても大活躍しました。

優しいけど超厳しいお父さん。息子を冬の池に放り込む!

国民に対してはあくまで慈愛の塊のような上皇陛下ですが、子育ては案外手厳しい。

今の秋篠宮殿下が、礼宮殿下と呼ばれていたころ…

飼っていたテンジクネズミを冬の池に「泳げるかな」と入れてみたら、

テンジクネズミは冷たさのショックで死んでしまった。

そこへ通りかかった当時皇太子の上皇陛下は次男の礼宮に「何をしているのだ?」と尋ねた。

「(池で)泳がせたら死んじゃった」と答えると、皇太子殿下は次男を冬の池に

問答無用で放り込んでしまった。

後に池に放り込まれた時のことを「私がテンジクネズミのようになってしまった」と秋篠宮殿下が告白し

「人の幸せを祈り続けるのが責務の皇族は、あらゆる命を慈しまなければいけない」

という愛のムチだったと振り返っています。

昭和天皇でも出来なかった仕事を成し遂げる

昭和天皇は戦後、自身の名のもとに始められた戦争の傷跡を癒し、国際社会に平和国家日本として

再び立ち上がるために全力を尽くしました。

しかし、それでも本人ではできなかったことがあります。

国内では沖縄訪問です。

これは、返還後に何度かチャンスがあったものの、上皇陛下が皇太子時代に経験した『ひめゆりの塔事件』のために、昭和天皇の訪問が難しくなり、

それも解決した時には、昭和天皇の体は病魔に侵されていたため、無念の思いで諦めた経緯があります。

また、海外に目を向ければ、オランダです。

これは、太平洋戦争の時に、彼らが支配していたインドネシアなどの植民地を奪い取り

挙句それがキッカケで独立を許してしまった経緯や

捕虜の虐待や慰安婦問題(オランダ人慰安婦は少数ながら強制連行の事実があったため、もっと根が深かった)などもあります。

昭和天皇は1971(昭和46)年にオランダを訪問したのですが、車列に魔法瓶が投げつけられるなど、対日関係がずーーーっと悪かったのです。

そのため、昭和天皇の大喪の礼でも、オランダは王族の出席を「お断り」を入れて見送り

外務大臣を送るという、そうとう「格を下げた」対応をし

1991年に同国のベアトリクス女王訪日の際、答礼のスピーチで抑留されたオランダの兵士や民間人の具体的数字を挙げ、

「これは日本ではあまり知られていない歴史の1章です。多数の同胞が命を失い、帰国できた者も、その経験は生涯、傷跡となって残っています。

私たちはあの戦争の記憶を避けて通るべきでないと思います」

と厳しい内容だったのも、

オランダ国内の反発に配慮せざるを得なかった、ということでした。

そういった課題を、両政府や皇室、オランダ王室が一つ一つ処理しながら両国は和解への道を歩んできたのです。

そして、それを決定づけたのは、2000年のオランダ訪問でした。

この時天皇皇后両陛下は、王宮の向かいにある戦没者慰霊塔に足を運び

1分間もの長い黙とうをささげました。

日本の天皇が代を重ねても「過去の不幸を忘れない」ことをハッキリと示したわけです。

さらに、その後に行われた宮中晩さん会では

天皇は江戸時代、開国後のオランダとの交流に触れたあと、

「両国が先の大戦において戦火を交えることとなったことは、誠に悲しむべきことでありました。

この戦争によって、さまざまな形で多くの犠牲者が生じ、今なお戦争の傷を負い続けている人々のあることに、深い心の痛みを覚えます」

「戦争による心の痛みを持ちつつ、両国の将来に心を寄せておられる貴国の人々のあることを私どもはこれからも決して忘れることはありません」

と答礼。

昭和天皇でも決着を付けられなかったオランダとの確執に、ようやく終止符を打つことができたわけです。

お父ちゃんはここにおりますよ

昭和天皇は、戦前の立憲君主の流れで、人をビシッとさせる雰囲気を持っておられましたが

「国民統合の象徴」としての天皇を模索された上皇陛下は、膝をついて被災地の人々に接するなど、より身近な皇室の在り方を模索しました。

そんなことも、影響があったのか…登山を楽しまれていた天皇時代の上皇陛下ご一家に

取材陣がご一緒していた時の話です。

記者がウッカリ、上皇陛下を見失い「お父ちゃんはどこ?」と口を滑らせました。

子どもの時に先生を「お母さん」と言い間違えるようなもんでしょうが、それでも天皇陛下に恐れ多いことだと当人は冷や汗をかいていたわけです

そこにひょいと現れた天皇陛下(当時)は

「お父ちゃんはここにおりますよ」とニッコリ。

これで「本人公認。お構いなし」となってご本人の発言で一気に場が和んだそうです。

【参考図書】

 

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