この記事では、1934(昭和9)年から退官する1985(昭和60)年まで昭和天皇のおそばに仕えた入江相政侍従長のエピソードをご披露いたします。
入江さんは、冷泉家の血を引く華族の出身で実は昭和天皇とも遠い親戚だったりします。
昭和天皇の血縁上の祖母は「二位の局」柳原愛子で、愛子の姪、
歌人の柳原白蓮は入江さんの「おば」に当たります。
つまり、昭和天皇と入江侍従長は「はとこ」の間柄。
文章を書かせたら自由闊達、お仕えしていた昭和天皇の素顔、ついでに自分の失敗談もイキイキと書き残しています。
ご本人も自著の中で自慢話は嫌いだけど失敗談は楽しい、と書くお人で、その人柄が分かろう、というもの。
今回はそんな「ベテラン侍従がしくじっちゃったエピソード」を中心に書いていきます。
もし、侍従がお上の傘を忘れたら…
入江相政侍従(当時)が1947(昭和22)年、昭和天皇の福井行幸に同行した時
お車から電車に乗り換えたさい、御料車に陛下の傘を車に忘れてしまった。
電車の中で車窓を眺めていた昭和天皇は「雨になったね」と話しかけた。
それで傘を忘れたことに気づいた入江さんは「雨になりました。困ったことに、お傘を置いてきてしまいました」とポツリ。
「どこへ置いてきたか?」とお上が尋ねると
「さっきの自動車の中へ、忘れてまいりました」
「あの車はどこへ行ったか?」と陛下はさらに質問したら
「石川県へ行ってしまいました」との答え。
昭和天皇は「それは困ったことをしてくれたね」と思案顔(´・ω・`)。
「困ったことをしてしまいました」と入江相政さんもショボーン(´・ω・`)。
雨はだんだん強くなっている。昭和天皇は改めて「入江、ほんとうに困ったことをしてくれたね」
入江さんも困り果てて「陛下のお傘はございませんが、我々のがございますから」と持ちかけてみると
昭和天皇はパッと表情を変えて、
「なんだ、傘があるのならちっとも困りゃしない」とニッコリ。
陛下のお弁当を盗み食いしちゃった話
昭和22年の大阪巡幸の時に、お昼に用意された随員用のお弁当が美味しそうだったので、昭和天皇にもお召し上がりいただこう、と
入江相政侍従が「ぜひおひとつ」と陛下に上げてみた。
「数は足りているのか?」と心配する陛下に「大丈夫です」と安請け合いをした入江侍従に、安心して箸を伸ばした昭和天皇。
ところが…数はキッチリ人数分で、入江さんは自分の分を差し出してしまった形に。
一方陛下は大膳の特製弁当(質素)が残っているので、
お昼の残り時間の間に陛下の弁当を辛抱堪らず入江さんがパクついていると、これまた間の悪いことに昭和天皇にバッタリ。
なんか、見ちゃいけないモンを見ちゃった…のかなぁと…昭和天皇は静かに部屋を出て行った(´・ω・`)。
昭和天皇、珍しいツノガイを侍従に放り出される…
昭和天皇は静養先で船を出し、生物の観察をするのがお好きだった。
その日も葉山の海で標本採取をしていた昭和天皇。一緒にいた入江さんにツノガイを渡された。
昭和天皇は標本採集でも「同じものは2ついらない」という人。命を無駄にしてはいけないという思いからそうしていた。
だから入江さんは「貝を海に戻せということだな」と思い船の外にぽーん、と投げた。
「あ…(´・ω・`)」というお上の声で
「貝を取っておいてほしい」と渡されたと気づいたものの、時すでに遅し(´・ω・`)。
貝はぽちゃん…と海に吸い込まれていった(´・ω・`)。
侍従、同じことを3回聞きに行く
「侍従はメモを取るべからず」と思っていた入江相政侍従長。
昭和天皇から「コレをやっておいてくれ」と用事を頼まれた。
早速取り掛かろうとしたら「侍従長!ご相談が…」
相談を片付けたら、陛下から何を頼まれたのかど忘れしたので
恥を忍んで陛下に聞きに行った。
さぁ、今度こそ…と取り掛かろうとしたら「大変です!侍従長!!」とまた厄介ごとが舞い込んできた。
…なんとか片付いて、改めて、陛下の用向きを…って、何だっけ(´・ω・`)?
それでもう一回、陛下に伺いにいく事になった。
ただ3回目はたまたまいた義宮(常陸宮)殿下が
「入江さん、〇〇のことじゃないかな?」と助け船を出してくれた。
その後、昭和天皇は「入江、メモをとるか?」とひと言言ってくれるようになった、とか。
【参考文献】
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