三国志Ⅱから始まった私の歴史、文学への扉

スポンサーリンク
スポンサーリンク

この記事では、個人的な経験から「たとえゲームでもひょんなキッカケになる」という話を書いていこうと思います。

現代でもゲームというと、どうしても悪役になりがちな昨今ですが、私の子供時代はもっとイメージが悪かったです。

大人になると、ある程度経験を積んでくるから、ゲームから離れてしまったのですが、自分の中の芽のいくつかはゲームが育んでくれたものだとも思うようになりました。

スポンサーリンク

たまたま従兄から譲ってもらった『三国志Ⅱ』

私、子どもの頃から割と歴史が好きで、『世界ふしぎ発見』(1986年の放送初回から見てた)やアニメ三銃士なんかに親しんでいたわけです。

ただ、中学校に上がるころには高専に進んだ従兄のシンちゃんの影響でパソコンにも興味を持ち出しました。

当時、本体(ハードディスクなし、フロッピードライブ2つ付き)とブラウン管ディスプレイの二つで27万円だかという値段だったはずなんですが、

父親の「これからはパソコンの一つも使えないと…」という方針から、一台買い与えられたのを覚えています。

で、従兄のシンちゃんに「パソコン買ってもらったよ!」と電話で報告したら、

「こんどフロッピー買って持っておいで!」と言われて持っていったら何本かゲームをコピーしてくれたんです。

*一応説明しておきますが、昔は今とは比べ物にならないくらいゲームソフトの版権がガバガバで、コピーのためのプロテクト破りのソフトが大っぴらに売られてた時代です。個人レベルのソフトコピーが本格的に問題になってくるのは、ずっと後の話。

その中に、『三國志Ⅱ』がありました。

私、それまで光栄(現コーエーテクモ)のソフトって「小難しい」ってイメージがありましてファミコンでもドラクエとか、ウィザードリィとかのファンタジーモノに耽溺してました。

ただ、色々コピーしてもらったソフトの中で、一番徹底的に遊んだのがその『三国志Ⅱ』。

ちなみに言いますと、三国志をプレーしていたころ、知っていたのは昔読んだ図鑑に載っていた

劉備、関羽、張飛と劉備のライバル、曹操だけでした。

最初はテキトーにやりながら、ゲームの仕組みを覚えていって

政治、経済、戦略とかを自分なりに立てながら、関羽や張飛といった名将を使いこなして、中国大陸を統一するというゲーム性にどっぷり浸かっていったわけです。

呂布ってなんでよく裏切るんだ?

で、何の知識もないままゲームをしていくと、やたら強いのに良く裏切る

呂布(りょふ)という武将がいました。

腕っぷしが強くて、こっちのスカウトにホイホイ乗ってくるんで、最初は喜んでいたのですが、

コイツが実によく、裏切る。

どんなに忠誠心の数値を上げても、ボンボン裏切るし、敵の勢力に引っこ抜かれる。

今だったらネットのWikipediaでも読めばどんな人物なのかは一発ですが…

当時は光栄が出した公式ハンドブック以外だと、横山光輝のマンガを読むか、吉川英治の小説を読むかしかなかった時代。

で、吉川英治の三国志を読みだした。

そうすると、ゲームで使ってる武将たちが戦ってる。

今でも覚えているのは武安国という武将と呂布が戦うシーン。対戦結果も何も、武力75位の武安国と、武力がマックス100(彼だけ)の呂布がぶつかると読んで

「なに、そのムリゲー(現在語訳)」と思ったら、案の定武安国が腕をもぎ取られて逃げ帰ってきたシーンを読んで、「あ、やっぱり」と苦笑い。

ゲーム制作者が原典からどんな武将かを数字化していったわけですから、子どもの私はその逆の方から進む形になったわけです。

ゲームでも高い数値の武将の活躍には「なるほど」とうなり、楽進という、三国志Ⅱでは雑魚レベルが意外に頑張っていたりして、ゲームとは違う世界にも目を向けるようになりましたね。

全然正義の味方じゃない『水滸伝』の世界にハマる

その後、同じ中国を題材とした光栄の『水滸伝~天命の誓い』にも手を伸ばし、

 

これまたなぜか、横山光輝でなく、小説の柴田錬三郎版を読み始めました。

水滸伝の登場人物を、正義の味方だと思って読み始めたらぶっ飛びました。

だって、作中で物はかっぱらう、人は殺しちゃう。

中には宋江みたいな人格者もいるけど、その部下たちは

まぁ、ヤンチャというか、乱暴というか…。一言で言えば「ヤ〇ザ」ですな。

また、柴錬さんって、大人の歴史娯楽小説を多数ものにされた人気作家で、大人向けだから当然男と女のシーンも書く。

ゲームにはない、アダルトな雰囲気に魅せられて夢中になって読みました。

同窓生からは「本ばかり読んでる、クソマジメ」と思っていたと、後に同窓会で聞くことになるのですが、まぁ実際はそんな事情だったわけです。

ちなみに、同窓生にはこの「種明かし」はしてませんが、おーい、M・H君!アレはそういう事だったんだよ(笑)

世界史が、人間物語に見えてきた

とまぁ、『三国志』『水滸伝』といったゲームをやりながら、その世界に魅入られたり、今の世の中とはかけ離れた道徳観にぶっ飛んだりしてるうち

私も高校生になりました。

世界史で、『三国志』の舞台、魏呉蜀は3行もない記述ですし、『水滸伝』はそもそも創作ですから、ほとんど役には立たなかった。

ただ、興味としてとっかかりになったことが大きくて、

私にとって世界史の授業は人間が歩んできた物語に満ちた

面白話連発の、愉快な時間でした。好きなんだから、当然成績もよろしい。

高校進学当時は従兄の後を追っかけたくて、コンピューターの方に行きたいなと思っていたのですが、

ゲームから歴史に興味を持ち、明治大学で学ぶうち、さらに歴史や文学に親しむようになったのだから、

これも一つの道かなとは思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。この記事が面白かったらTwitterリツイートやシェアボタンでの応援よろしくお願いいたします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました