12月29日、早朝。私は、最寄り駅から東京行きの電車に乗り込みました。
目的は「明治天皇のお墓参り」!!!
以前、多摩にある、大正天皇・昭和天皇のお墓参りをして、「ぜひ次は明治天皇のお墓参りを!」
と祈念しておりました。
しかし、新型コロナウイルスの影響で、それもかなわず…
話が急に転がったのは、とあるTwitterのやり取りがキッカケでした。
フォロワーさんに引っ張られ、京都行きの日程を決められる
明治天皇のお墓、正式名称は明治天皇伏見桃山陵(めいじてんのう ふしみももやま のみささぎ)、通称は伏見御陵。
伏見の名前が示すように、明治天皇が愛した京都桃山に御陵があります。
多摩の御陵は隣の東京都ですから、ウチのミラジーノを走らせれば、割と簡単にたどり着けました。
しかし、今回は京都です。京都。
…遠い。普段出不精で、思いつき、ものの弾みというものがないと
出かけることすらめんどくさがる私。
それが…今年の秋。
Twitterのフォロワーさんに、「実はそのうち明治天皇のお墓に行きたいんだけど…(京都だから遠いなぁ)」とスペース(Twitterの会話機能)でしゃべってたら
「いつ休みになりますか??」と前のめりの質問に。
そういえば、年末休暇は29日から…と話したら「みんなで行きましょう!ほかの方にも声をかけます!!」と
問答無用で、日時を決められました。
優柔不断な私にとって、願ってもない展開になりました。
Twitterのメンバーと初顔合わせ
東京からは新幹線に乗り、ジリジリしながら京都まで一直線。
他のメンバーは京都、東京、愛知…と各地から集合場所の地下鉄東西線、京都駅に向かっています。
私が遅刻したら、みんなに申し訳ない。「遅れるなよ!」の一念でした。
私が集合場所探しに難渋して、やっと到着したのが予定時刻の5分後。
メンバーはいつもスペースで音読会をしているフォロワーさんたちに、今回の発案者である
フォロワーさんのお母さんも含めた、計5人。
普段から声だけで会話していただけ会って、いきなり会話が弾む弾む!
そんな感じで東西線から、近鉄奈良線への直通電車の車中でもひたすら話し続け、すっかり意気投合
…で「伏見御陵前」駅に到着しました。
自動車社会を想定してない「伏見御陵」
で、駅を降りて左折し、15分ひたすら歩きます。
今回お邪魔する伏見御陵は、1912年に崩御された明治天皇のお墓なんで、自動車社会到来前に建設されました。
今でこそ、駐車場もあるようですが、それでも電車の便が非常によろしい。
そんなわけで、京都駅からまっすぐ向かうなら、電車が超便利なわけです。
そうこうしていくと、舗装された道から、砂利を敷き詰めた道が分岐します。
ココが参道のスタート地点となります。
多摩御陵に比べると、心なしか両端が低く、道の中央が高く盛り上がる感じがする道です。
それと、明らかに参道が多摩に比べて、長い。
あと、歩行が基本ということもあるのですが、傾斜がものすごいある場所もチラホラ。
群馬県と長野県の県境、碓氷峠には、明治天皇の全国巡幸の際に使われた
通称「御巡幸道路」という古道があるのですが、現在の道ならループでゆっくり坂をのぼる所を
もっと手っ取り早く傾斜を上がるような、そんな造りをしていたことを思い出しました。
そして、しばらく歩くと、杉やひのきがうっそうと茂る道から一気に景色が開けます。
でも、そこからすぐに御陵、というわけではなく、もうちょっと歩いて、やっと目指す明治天皇の御陵に到着しました。
明治天皇陵は、上円下方墳という、上が丸いドーム状、下が四角い台という構造になってます。
木製の柵が閉まっておりまして、昭和天皇陵や大正天皇陵と比べると、かなり手前でストップ(1月1日~3日は、この柵が開かれ、さらに近くで明治天皇陵を拝めるとのこと)になるんですが、
それでも、明らかに明治天皇の御陵の方が、大きい。
調べたら、明治天皇陵は一辺60メートル。大正天皇陵が同27メートルなんで、面積はざっと4倍。
遠目からも「大正天皇陵はお金がかかってる」と思いましたが
明治天皇陵はスケールから言っても、それをはるかに上回る規模でした。
で、同じ上円下方墳でも、明治天皇のアーチに葺いてあるのは、
「君が代」にも登場する、長い月日を表す「さざれ石」。
…さすが明治大帝。お墓もグレートだ。もう、心からしびれ切ってしまいました。
次いで、明治天皇妃である、昭憲皇太后の陵へ。
やっぱり、大正天皇妃の貞明皇后、昭和天皇妃の香淳皇后の陵よりも、立派でしたね。
ここまで来て、この敷地からほど近くに
平安京に都を移した桓武天皇の御陵、柏原陵もあるので、そちらも参拝。
うっそうとした森におおわれていて、時間の流れを感じました。
こうして、「無事参拝を終え」た…はずでした。
「石段、登りました?」
大いばりでTwitterに御陵の写真を上げて、
話が面白いフォロワーのお母さんとお別れして、フォロワーさんたちと豪華なランチに舌鼓を打ち
銀閣寺に行くはずが「カラオケ行っちゃう?」となり、
細かすぎて伝わらない懐メロ、コミックソング、一押しソングの大発表会で盛り上がり…
イタリアンとハイボールに酔いしれて、フォロワーさんとお別れのハグをして、
宿泊先のホテルでTwitterの返信を見てたら
あの石段、登ったんですね。スゲー。
とのコメントが(´・ω・`)。
…いけねぇ!忘れてた。
明治天皇陵の規模の大きさを示すのに、よく使われる230段の大階段。
ココを攻めずして、明治天皇陵参拝はコンプリート出来ない!!
そこで、同じホテルに宿泊していたフォロワーさんが「明日もう一回、明治天皇陵行こうよ」と助け船を出してくれたため
急遽2人で「明治天皇陵大階段アタック隊」が結成された次第です。
大階段にチャレンジするため、再訪問
翌日。朝食を済ませてベースキャンプであるホテルをチェックアウトした後
アタック隊は昨日の「伏見御陵駅」まで足を運び、同じ道を歩いていきました。
違うのは、砂利道の参道が近づいてきても、そこをスルーして
舗装された一般道を歩いていくこと。
つまりは御陵の敷地を迂回していくわけですな。
途中には勝負事の神社としても有名な乃木神社もあったので、
登頂成功の必勝祈願(明治天皇のお墓の階段を登るのに、必勝祈願として乃木希典に願をかけるのも、なんか変な話ですが)を行いました。
さて、乃木神社を出て、さらに進んで長い下り坂を下りていくと、さっき通り過ぎたような
車止めのある道に。
ここだ!と入っていきます。
そして、歩くこと、およそ5分。…ついに、アレが姿を現しました。
そういえば、フォロワーのお母さんが
「気まぐれでワンゲルに入ってた時に、ここでトレーニングやった」と辛い思い出を語っていましたが
それが全然大げさじゃない、この大階段!近づくほどに迫力を増してまいります。
で、階段までたどり着きますと、看板が…
「大階段を使ってトレーニングをしないでください」
…どうやら、お母さんみたいな人が、たっくさん、いたんですね(´・ω・`)。
で、改めて階段を見上げますと。
(;゚д゚)ゴクリ…、すごく…大きいです。
しかし「断じて行えば鬼神も之を避く」のたとえもあります。
時刻、午前10時37分。いざ!明治大帝に再びまみえるために、この階段を攻略せん!!
…なんて、かっこつけてはみたものの…
50段まではカウントしてたけど、もう息が切れるわ、ふくらはぎがピキッとするわ…
44歳、不摂生の極みを尽くした体には、長く険しい道のりであります。
…一方わたしよりもズッと年上のフォロワーさんは、すいすい階段を登っていく。
「若いって、なんだろう(´・ω・`)」と思わずつぶやいてしまいました。
そして、私の中のもう一つの属性?「高所恐怖症」が発動しそうなんで、後ろを振り向けない(´・ω・`)。
攣りそうになるふくらはぎをだましだまし、階段を登りつづけて、
乳酸がパンパンに詰まった足をはげまし
最後の一段を攻略。
そこにひろがるのは、昨日と同じこの景色。
同じ御陵なのに、なんかより、偉大に見える!!
これが大階段効果か!?
で、振り返ると…京都市内を一望できるこの景色が!
午前10:43分。なんと、無限に続くと思われた階段は、たった6分間の出来事だったと判明。
あと、撮影時に高所恐怖症が発動して、階段から10メートル離れた場所で、膝がガクガクしていたことをご報告いたします(´・ω・`)。
こうして、最後のミッション「明治天皇伏見桃山陵の大階段を攻略せよ」を無事達成し
攣りそうになる足を引きずりながら、昨日のルートをたどって、京都駅への帰った、とさ。
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