この記事では、昭和天皇に仕えた料理番、秋山徳蔵さんや侍医の杉村昌雄さんの本から、天皇陛下の「お毒見」の話を書きます。
あえて今上や上皇陛下ではなく、昭和天皇に絞ったのは、
この時代が現人神と日本の象徴への過渡期で、習慣が変わって行くのが面白いからです。
まず最初に、毒見について…
天皇陛下といえ、一人の人間ですからご飯は召し上がられます。
したがって、なんかの間違いで毒が混ざって病気になったり、亡くなられたらそれこそ一大事。
そんなわけで、食事には必ず「おしつけ」という名目で毒見をしていました。
しかし秋山徳蔵さんによれば、「料理番が間違いないものを提供する」という形が確立していましたし、
メニューは侍医によって厳しく管理されていましたからその役目を果たす専門職は昭和の初めには無くなっていたそうです。
それと好対照のエピソードが、満州国皇帝溥儀が、来日した時のエピソードです。
中国の王朝はそれこそ「一人の皇帝が万民に君臨する」究極のワンマン体制です。
したがって「一服盛って、なり替わってやろう!」という危険が常に隣り合わせ。
そんな疑心暗鬼ぶりが、秋山徳蔵さんの著作『味』に紹介されています。ちょっと長いですが、引用してみましょう。
何を考えたのか、満州からわざわざ家鴨を五、六十羽氷詰めにして持ってきた。それが、東京に着いたときは、すっかり腐って悪臭紛々。これには閉口して、すぐ捨てさせた。
真鍮のたがのはまった、何となく神秘的な匂いのする不思議な大桶を、赤坂離宮に担ぎ込んで、お泊りの部屋の近くに据えた。
何だろうと思ったら、神秘的でもなんでもない。蒸留水なのだ。しかも、満州で作ってわざわざ持ってきたというのだ。
お茶も、コーヒーも料理もみんなこの水を使えというわけである。
係りの者が厳重に番をしている。蒸留器具もちゃんと持ってきていて、四六時中せっせと作っては補給している。
大阪へゆかれるとなると、列車に持ち込む。中之島の公会堂へいらっしゃるとなれば、公会堂の部屋までえっさ、えっさと担ぎ上げる。
とまぁ、万事この調子で、料理のときには常に監視されるわ、
出来た料理は毒見役がまず中身を徹底的に検査し、
せっかく丹精を込めたうずらの詰めものなんかは腹をさばいて、
何が入っているのかをいちいち検査して秋山さんを呆れさせたとか。
ただ、秋山さんも著書で
「お毒見って手間も時間もかかるし、食べ物も調理されて『安全だ』となっても古くなって『腐りかけ』になっちゃうから栄養素なども失われがち。
結局毒見をしたらしたでかえって健康が損なわれるのでは?」
と書いていたことが実に興味深いです。
実は、侍医がおしつけをやっていた
とまぁ、食事に毒が入っていないかという検査はかくもめんどくさくあらせられるわけですが、
当時の秋山さんが呆れかえるほど、本当の毒見というのは徹底しているものです。
しかしながら、昭和ではもうとっくの昔に本来の役割を終わらせた「おしつけ」ですが、侍医の杉村昌雄さんによると、これは別目的でやっていたそうです。
それはズバリ、栄養管理。
高齢になるほどに塩分や脂肪分が過多にならないように、と料理番から献立を上げてもらって栄養素やカロリー、塩分量などをチェック。
フグのような、ご法度ものは大体ここで却下されます。
ただ、献上品などはたまに侍医の監視をすり抜けて奥に届いちゃうこともあるそうで、それが原因でひと悶着、という事もあったそうですが…
さらに天皇に差し上げるのと同じものを侍医が食べて、塩辛かったり、脂っこくなっていないか、材料が固くないかとチェックしていたそうです。
当直の日の夕方、侍医室で引き継ぎをすませたあと、最初におこなうのが、そのおしつけである。
侍医や侍従たちの控え所である「常侍官候所」というところで、陛下と全くおなじものをいただく。
とはいえ、量はというと4分の1くらいの量で、曰く「お雛さまにお供えする量」。
当然これで食事になる、という量でもなく、夕食は別に職員食堂で摂っているそうです。
また一応こういう過程を経ているので、できたて熱々の料理を差し上げる、というわけにもいかなかったので、
昭和天皇は猫舌だった、という話が流布されたんだそうです。
知り合いが今の天皇陛下にお菓子を献上した時の話
あと、これは私の知っている和菓子屋さんが、今の天皇陛下が皇太子の時にお昼のデザートにお菓子を出したときの体験談です。
近くを視察に来られた皇太子殿下のご昼食の最後に、そのお店のイチジクを使った生羊かんをお出しする、と決まると、すぐ宮内庁からお店に検査がやって来たそうです。
ご店主いわく
「保健所よりも入念に。衛生的に問題ないか、間違った材料を使ってないか検査をされ」て、OKをもらったとのこと。
以上、蛇足ながら。
【参考文献】
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