ネット広告で気になって一気読み!「うちのちいさな女中さん」にハマった。

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ネット広告で「果物ゼリーにキラキラな表情をしているマンガ」がやたら気になったんで

無料で読めるサイトをポチポチやってたら、だんだん面倒になって電子書籍でこのマンガ「うちのちいさな女中さん」を購入して、5冊一気に読んでしまいました。

最近、オッサンになったせいか、色んな方面で集中力がなくなってきて、このブログも休みがちになっていますが、久しぶりに「この話なら書けそう」という手ごたえを感じたので。

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マンガの舞台は昭和9年。

和装をしている女の子がゼリーに目を輝かせるということは、少なくとも戦前、それもまだ物資が不足しなかった昭和ひとケタのころかなぁ、と広告見て思っていたのですが

この「うちのちいさな女中さん」、舞台は昭和9年(1934)年のころですね。

この時代だと、昭和恐慌も影響が出てますけど、まだ政府要人が襲撃される2・26事件の起こる2年前で、都会だと割とノンビリしていたころですね。

そんなに裕福でない家でも「女中さん」を雇っていた時代、一人暮らしの女性、蓮見令子さんのもとに14歳の女中さん、野中ハナちゃんがやってきます。

ウチのじーちゃん(生きてたら105歳)のころは小学校卒業でもフツーに仕事していたから、彼女もやっぱり小学校を出るか出ないかで仕事をしているんでしょう。

歳は若いけど、お掃除料理など家事はしっかりこなすマジメな女の子で、令子さんのうちで働き始めるんですが

なんとなく、表情に乏しい感じで、雇い主の令子さんがそれとなく気をつかって、映画に連れてったり、クリームソーダをご馳走したり、一緒にライスカレーを作ったりする。

そんな2人の関係って、仕事はしっかりこなしつつ、なんか姉妹みたいでホンワカするんです。

ライスカレーとカレーライス

それにしても…ライスカレー!なつかしい!!ウチのじーちゃんもやっぱり、ライスカレー言ってたなぁ。

幼少のみぎり、孫のワイは「おじいちゃん、カレーライスとライスカレーはどこが違うの?」と聞いたら

「銀の容器(グレービーボート)に入って、ご飯と別々になって出てくるのが『カレーライス』と言ってたなぁ」とふと、思い出しちゃったり。

なんか、読んでいくうちにこんな「どっかで聞いたことのある」話が次々に出てきて、楽しくなっちゃってしまったわけです。

で、またハナちゃんが、都会で食べる初めての食べ物を美味しそうに食べる。

普段は無表情に近くて遠慮がちなのにそんな表情をするのが、たまらなくいい。

なんか、ペットに餌をあげて、ほっぺ膨らませながら食べていると和むような気持ちになります。

この頃はフツーに服を仕立てられたのか…

今、自分が生きていると服はパンツやシャツにいたるまでしまむらで買うモノ(ビンボーでしょ苦笑)という習慣が染みついていますけど

ハナちゃんが令子さんから「おさがり」を貰って、自分の服に仕立て直すシーンも面白かった。

当時は布は高級品だし、和服はバラバラにすれば、仕立て直しがきくもんなんですね。

そういえば、皇族の方(香淳皇后貞明皇后)も古着をばらして、被災者送る服に仕立て直したり、ご自身で着用されていたなぁ。

14歳のハナちゃんもやっぱり、令子さんから貰った和服を自分の服に仕立て直すんですけど、ばらした方がお洗濯がしやすいとか、洗い張りとか、そっちの方は全然知らなかった。

じーちゃんの時代の人、こんなふうに生活していたんだなぁと感心しきり。

…まてよ、と計算しなおしたら。

ハナちゃんは昭和9年で14歳…としばらく考えていて、そういえば、今生きていれば105歳になった祖父の年齢は…と計算しなおしたら

1919(大正8)年…第一次世界大戦を終わらせるヴェルサイユ条約が締結された年です。

で、ハナちゃんは1934年で14歳…当時は数え年だと思うから、単純に引いて1920年生まれ。

この時代を妙に懐かしく感じた理由が分かった!じーちゃんの膝の上で聞いた「昔ばなし」の時代じゃないか!?と(今更)ハタと気付いたわけです。

どうりで、なんか懐かしいと感じたんだよなぁ。だって、この世代に散々かわいがってもらったもの。

あの時代かぁ、と。それで今、マンガをもう一度隅から隅まで読み直している真っ最中です。

今の時代と当時の風俗の違い(海水浴ってこんなに一般的だったのか)とか、マネキンガール(人間のモデルが服着て立っている)とか

タイムカプセルをのぞくようなワクワク感を改めて楽しんでいますわ。これ面白いです。

 

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