本多静六記念館、再訪

歴史

実は先週、土日も出勤で9連勤という忙しさとなりました。

ウチは振替休日のシステムで、翌週に土日出勤分の休日を消化するシステムでして…今日は休みとなりました。

ただ、私はウチで寝ている気持ちにもなれないので、朝からクリーニングを出し、インフルエンザの予防接種を受け、と普段できないことをバンバンこなしましたわ。

で、そんな日程の中で、ぜひ行っておこうと思ったのが、お隣の久喜市にある「本多静六記念館」の再訪でした。

本多静六記念館とは?

埼玉県久喜市菖蒲地区に建つ久喜市菖蒲地区総合支所(旧菖蒲町役場)の5階には、当地で生まれた日本初の林学博士、本多静六さんの記念館があります。

以前、地元のロータリークラブの依頼でこの記念館を訪れたのですが、この時はあくまで仕事である「青森県野辺地町の小学生を招待した話」を取材するのが目的でした。

いつかまた、自分の見聞を広げるために見に行こうと思っていましたが、すぐそばにあるのに延び延びになってました。

それを今日行こうと決意し昨日ツイッターで宣言!

コレでサボれないぞ〜(^^)と自分にプレッシャーかけておきました。

車で菖蒲街道のミラジーノでトコトコと走り、到着!!

小さいけれど、資料がよくまとまってる!!

5階にエレベーターで上ると、資料館があります。ここには、本多静六さんの一生や、功績、ご本人のノートやメモ、書簡などがキレイに展示されています。

ところで、本多静六さんは林学博士という肩書きの他に蓄財と投資で財産を築いた人物としても有名です。

今でいうマネー本のはしり、『私の財産告白』を著したりしてもいます。

そんなわけで財産家としてのイメージが強かった私なんですが、

もっと本業の面に目を向けてみようと展示を隅から隅まで読んでいきました。

そうすると、2、3年前にはなかった展示も発見!

本多静六博士の奥様と

義理のお父さんの展示です。

この2人もスゴい人で、義父は明治維新の時、その才能を見込まれて明治政府にスカウトされたキレものであり、その娘である奥さんは日本で4人目の女医さんになり、英語も堪能というキャリアウーマンとしても活躍した人だと知りました。

知らないことを知ることになり、めちゃくちゃ刺激を受けました。

もっと知りたくなり、本を購入

先述した様に、資産家としての一面しか知らなかった私ですが、林学博士としての面もさらに深く知りたくなりました。

そんなわけで、すぐそばの蔦屋書店に。

地元の本を集めたコーナーがあることを知っていたからです。探してみたら、ありました!

この本を購入し、早速帰宅し、昼飯を忘れて読みました。

それで分かったのは、

・彼の学んだのは、当地の気候に合う、永続して続くような森林作りを志向していた。

・当時の日本はデタラメな伐採や、後先考えない工業生産が原因で、日本中で環境問題が持ち上がっていた。ドイツで学んだ最新の林学を使って粉骨砕身解決に頑張っていたのは本多博士の最大の功績である。

・関東圏でいうと、彼が豊かな森への筋道を実践してくれたから今豊かな森が残っている。それが現代に、保水力を持つ森になり、水源地として機能している。

・結論として、本多静六博士の仕事は私たちが当たり前に享受している。

・明治神宮の森は、彼が100年前に設計、建設した人工林である。自然に合う森作りが狙い通りにいき、あの神秘的な森ができた。

と驚くことばかり!!

今、環境問題って最先端の問題じゃないですか!それを100年前に取り組んでいた、偉大なる大先人だったのか!と改めて知りました。

参考図書

 

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