この記事は、趣味としての本の付き合い方を書きたいと思います。
読書ってやらない人には「えらく高尚な趣味」と思われているようですが、
実はそんなに身構えるものではない、という事を書こうと思います。
謝らなくていいじゃん(´・ω・`)
中学校の同級生と話した時のこと。
彼に佐藤優の「十五の夏」を貸していたのですが、イマイチ波長が合わなかったみたいです。
「ゴメン!読み切れなかった!!」と謝られました。
「別に謝んなくていいじゃん(´・ω・`)
俺なんか、
村上春樹読むと、肌合いが合わなくてジンマシンが出そうだし…
ドストエフスキーは登場人物の名前が長過ぎて10ページで挫折したし…
そんなわけで、読んでない本いっぱいあるし、好みやタイミングもあるからねー!」
なんて話をしました。
「合わない本」は誰にでもある
僕は、話のネタになるんで出来るだけ色んな本を読んで、ココとかFBやツイッターとかに書いたりしてますから、
知らない人からスゴーイ読書家!と言われたりもしますが…
ここだけの話
最後まで目を通すのが、3割くらいで
キッチリ読むのは、さらにその中の1/3ぐらいですね。
読めてない本、ホントたくさんあるんですよね。
多いと思うか、少ないと思うかはお任せしますが
こんなもんじゃないかなと。
読んで興味の湧かない本は切っちゃっていい
本選びはザッピングみたいなもんで
例えばテレビドラマだったら、ちょっと興味があるならさらに見て、
でも「このドラマつまんねーな」となったらバッサリやると思うんです。
読めない本って大体
①レベルが合わない
②好みが合わない
③タイミングが合わない
のどれかなんですけど、①は必要なら必要な部分だけ拾い食いすればいいかなぁ。
②はうっちゃっててOK
③は、出会った時期が合わないってことですね。
東日本大震災の時にフランクルの『夜と霧』が売れたり、
新型コロナウイルスが流行って、カミュの『ペスト』が読みたくなったり
と、いうのも同じですよね。
この場合も②同様で構わないと思いますよ。
最近思うんですけど
人間って、その時その時で意識的にか無意識にか「答えを探す本」を見つけるみたいですから。
そん時まで、本そのものに接していれば
お目当ての一冊があるし、それでいいとも思うんです。
で、そう言う時に読むと、めちゃくちゃ面白い!
だからその時までほっといていいと思うんですよね。
「合わなそうな本」をあえて手に取る理由
僕は、それでもギャンブル枠的に、読んだことなくて合わなそうなのも一定数買ってます。
ちょっと読んでかなりの確率で部屋の片隅に山積みになるんですけど。
時間が経ってから、意外に面白いのがそこから見つかることもあります。
最近だと「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズで、最初の一冊を買って2、3年ほったらかし。
本の整理のためブックオフで叩き売ろう、まぁその前に読んどくか…
と手にとったらどハマりして、全7巻と、最近出た外伝を読破しました。
なんで買ったのか思い出せないほど、印象が薄い本だったけど、2、3年寝かせたら面白くなったって一例です。
では積ん読しなきゃいかんのか?
積ん読なんてしなくていいと思います。
したい方はどうぞってレベルです。
積ん読って今は大分しなくていい環境だと思うし。
本を買わずに図書館で借りるのもアリ(借りパク、書き込みはNG)でしょうし。
嫌いな本をムリして読まなくていいんじゃないかな。
読み直したら面白かったってこともあるけど、その時なんとなく「読みたいなぁ」と思ったら、その都度買ったり借りたりすればいいと思います。
オススメ本の扱い方
ところで本好きが、おススメする時って
「その本がおススメした人も好きになって話が盛り上がったらいいなぁ」くらいなものです。
とりあえず読んでみたけど、
面白くないから読むのをやめるなんて日常茶飯事なんで、全然失礼じゃないんですよね。
僕も、ホントいっぱいそんな経験してますし。
ドラマや映画みたいに「好き嫌い」をもっと出してもいいとは思うんです。
もっと肩の力を抜いて、大らかに読書を楽しんでいいと思うんですよね。
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