日本人と四川料理をつなぎ寄せた肝っ玉母さん~『麻婆豆腐の女房』

日本のスゴイ人列伝

「日本のスゴイ人列伝」がこのところ非常に評判が良く、

この人もあの人も紹介したい!と次から次へと湧いてくるんで、ブログを書くのが非常に楽しいです。

ただ、列伝なんて大仰なことを言ってしまった以上はいい加減なことは書けないので、

今も色んな人のことを下調べしています。

今回はこの料理を日本に紹介した人物…とその奥さんをご紹介します。

夫はさすらいの料理人

日本に麻婆豆腐を紹介したのは、陳建民さん。

中年くらいの人だと、昔大人気だったテレビ番組『料理の鉄人』で中華の鉄人を務めた

陳建一のお父さん、と言えば通りがいいかもしれません。

中国各地を渡り歩き、台湾、香港と来て、1952年に来日。

外務省に出張料理を行ったのがきっかけで、伝手ができ、当時交際していた妻の洋子さんと結婚しました。

その時のエピソードがまずスゴイ!

陳さんは洋子さんの他に2回結婚していて、うち香港の奥さんとはやり取りがありました。

それで「私、香港に妻がいます。貴方と結婚しても、給料の半分は香港の妻のものです。それでも結婚してくれますか?」とプロポーズ!

今だったら顔に水ぶっかけられるか、頭から鍋焼きうどんくらいぶっかけられそうですが、

洋子さんは「この人正直ね」とあっさり承諾。

もちろん、洋子さんの実家は猛反発。

そりゃ、そうでしょ。

離婚歴ではなく、妻がいて四川省に娘、香港に息子と娘がいる男ですよ。

それを押し切って結婚しちゃったんですから。普通なら勘当もの。

しかも、陳建民さん

ちょっと山っ気のある人で、料理の腕はあるからどこに行っても食っていける

そんなわけで、またぞろ「カナダ行きたい」とごね出す始末。

そこで、洋子さん「この人は家族の温かさを知らないからフラフラしちゃう!家族が楽しいと思えば日本に腰を落ち着けてくれる」と楽しい家庭づくりに邁進します。

一方でご主人と設立した「四川飯店」を切り盛りしながらです。

この作戦は大成功!

建民さんの放浪癖はピタリと収まり、亡くなるまで日本で生活することになります。

人が集まること、縁をつなぐことが大好き!

一方で、洋子さんは実家との関係修復に乗り出します。

みんなでご飯食べたり、旅行に行ったり。

多少、日本語は怪しくてもいつもニコニコして、来るたびに美味しいものを作ってくれる陳さんに洋子さん方の親せきも徐々に態度が変わってきたそうです。

さらに、香港にいる奥さんが来日して、陳さん家族と親しくなり、子どもたちも留学のため日本にやって来ます。

洋子さんは、みーんな引き受けて関係を再修復。

のみならず子供たち同士もいいつながりができるように、と奮闘します。

日本と四川料理の縁も取り持つ

その間も、建民さんはレストラン経営のかたわら、NHKの『今日の料理』でブレイク。

不思議な日本語を話す陳さんと、アシスタントの掛け合いが「面白い」と評判になりました。

ここで、何回も放送されたのが麻婆豆腐。

 

麻婆豆腐が日本に定着するきっかけになりました。

この番組の裏側で、収録のペースに合わせてフリップで「もっとゆっくり」「急いで」と建民さんに指示を出したり、

前もってレシピ用に調味料の量をキッチリ測るのは、奥様の洋子さんの役割。

何しろ天才料理人だから、チャッチャと適切な分量で瞬時にできる陳さん。

でも、一応大丈夫かどうか、実際に取った量が言った分量になっているか、一つ一つ確認したそうです(もちろん、全部合ってた)。

また、建民さんは自分の料理技術を教える学校も設立。

この仕事を仕切っていたのも洋子さん。建民さんに「やりたいことを存分にやってもらう」ために洋子さん、メチャクチャ頑張っていたんです。

里帰りのために帰化をすすめる

その間も、健民さんの最初の娘を日本に呼んだりして、健民さんの絆を修復する手伝いをしてきた洋子さん。

中国は中華人民共和国になっていましたから、

「お父さんが資本主義の国日本で働いている」といじめられていると聞きつければ、

当時の最高指導者、鄧小平氏の料理を健民が担当し、大いに喜んだという新聞記事を集めて

中国語の訳を貼り付けたものをアルバムにして送ったりもしました。

里帰りを長年希望していた建民さんに、「日本人になれば里帰りできるよ」とアドバイスしたのも洋子さん。

結婚当初は亭主関白でなんでも自分で決めないとすまなかった建民さんも、

最後は洋子さん曰く「ホントかわいくなっちゃった」というほど洋子さんを頼りにしていたそうです。

陳建民さんが僕らに残した「美味しいウソ」

放浪癖のある天才料理人が永遠の伴侶を得て、日本人の僕たちに残してくれたものは

なんといっても料理。

そこまで日本に浸透したのは、アレンジが非常に優れていたから。

日本人の口に合うように、料理をアレンジすることを陳さんは

「私の中華料理少しウソある。でもそれいいウソ。美味しいウソ」と言っていました。

例えば、担々麵。本場中国では汁なしなのですが、すでにラーメンがある日本ではラーメンに寄せてスープ入りの麺料理に仕立てました。

うどんやそばの文化もあるから、確かに汁あり麺料理の方がなじむでしょうね。

またエビチリにケチャップを入れるのも陳建民さんのアイデアだし、

回鍋肉は、葉ニンニクが手に入りにくいのでキャベツを代用しました。

*ちなみに本場でもいまではキャベツを使った回鍋肉が逆輸入されたらしいのですが、親しまれつつも「あれは回鍋肉ではない」と現地の人は言うんだとか(笑)。カリフォルニアロールを見て「これ、お寿司?」と日本人が感じるのに近いかもしれませんね。

そんなわけで日本で親しまれている中国料理のほとんどは四川で、

合わせ調味料「クック・ドゥ」の料理は7割が四川料理だというから驚きです。

もし、陳さんが洋子さんと出会わずにカナダに行っていたら、私たちの食卓は今と随分変わったものになっていたかもしれませんね。

日本のスゴイ人列伝、まだまだ行きます!バックナンバーはコチラから!

参考図書

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