定期的に私が読み直している本に、故池波正太郎さんの食エッセイがあります。
池波さんは平成になってすぐ、1990年に亡くなられていますから、もう没後30年以上が経過しています。
しかし、『鬼平犯科帳』や『剣客商売』、『仕掛人藤枝梅安』などのシリーズのほか、
人の暮らしや心の機微を魅力的に書いた時代小説作品は
今でも人気でドラマ化、アニメ化され、愛され続けている作家さんですね。
池波作品の名脇役は料理
そして、池波さんの作品でよく情景描写を助けるのが料理の存在です。
しばしば劇中に登場しては、食べる人物の性格や食べ物を囲む温かさを醸し出します。
面白いことに、メシを食べるシーンを描くのは大抵主人公やその周囲が多く、鬼平犯科帳でいえば外道な盗賊たちは食事のシーンがあまりない。
作品によっては温かさだけでなく、殺伐たる薄ら寒さまでを描き出します。
印象に残るのは『梅雨の湯豆腐』(『殺しの掟』に収録)という短編。
殺し屋稼業の主人公が梅雨寒の折に湯豆腐を食べるシーンがあります。
梅雨に長屋で湯豆腐を一人食べる…というのは主人公の心が冷え切っているみたいで、なんとも陰うつなイメージを描き出します。
ここも池波さんならではと思いますね。
このように、モノを食べるという行為に様々なエッセンスを込めて描き出す池波作品。
読者も作中で出てくる料理は気になるところらしく、作品とは別に「作中料理の写真集」が発売されるほど、深く読者の印象に残っているのです。
池波さんの料理描写に学ぶ
これだけメシを美味そうに書くのですから、
ご本人もさぞかし様々なものを食べられたのだろうことは容易に想像できるというもの。
そんな池波さんの食にまつわるエピソードが満載なのが『食卓の情景』と『散歩の時に何か食べたくなって』『昔の味』の3冊です。
生前の池波さんが美味しいものをイキイキと書きつづったエッセイで、
小説同様、実に読みやすいです。
特徴としては、お店に行くまでの経緯やお店の雰囲気や店員さんの仕草、料理を作る時の動きを想像できるくらいまで書き込んで、
味に関しては意外なほどクドクド講釈をしないんですよね。
私、料理に関する記事も書きますけど、この「読者に美味しそうだと感じさせる」テクニックはパクりたい。
でもどうしても前のめりに書いてしまうからうまくいかない。
きっと「うまく書きたい」という欲があるんでしょうね。
巨匠池波正太郎はそんながっついたマネはしません。
あくまでプロセスを丁寧に書き上げ、
「こんな店ならさぞかし美味いだろうな…」って読者に思わせる。
それが読む者の想像力をどんどん刺激していく。その書きっぷりが実に憎たらしい!!
昭和の味を活字で追体験!
美味そうなのが「どんどん焼き」。
メリケン粉を溶いて鉄板で焼き、野菜や肉、アンコなんかを巻いたりする、池波さんの少年時代の思い出の味。
中にはパンを小麦粉をまぶして焼き上げるパンカツなるものもあり、
これが不思議とメチャクチャ美味いのではないか…と感じました。
「炭水化物×炭水化物」ですから、ロカボ派だったらめまいを起こして卒倒しそうですがね…
あとは、ご存命の時の池波さんが愛した味がまた、いい。
ラーメンとかチャーハン、トンカツやドジョウ鍋、すき焼きと何を読んでもすごく美味しそう!
『散歩のときに〜』では巻頭にお店の料理がカラーで載っているのですが…
写真の一つ一つになんか、昭和感が満ち満ちているのが懐かしいですね。
著者没後30年が経つと、
今でも営業しているお店もある一方で
閉店したお店も少なくありません。
横浜のラウメン、徳記は一度行ってみたかったですね。
そうなると、もう池波さんの筆運びで、その味を想像するしかない。
私は昭和53年生まれですが、昭和の味というと…
おじいちゃんとおばあちゃんに連れて行ってもらった上野のレストランの雰囲気しかないなぁ…ウチ、外食少なかったから。
今はもう、平成も終わって令和ですからね。
昭和はホント遠くなりました。
グルメな人気作家が生き生きと当時を描いたこの本も、昭和の料理史とになったと言えるのではないでしょうか。
この二冊に加え、最近は『むかしの味』というエッセイも入手。これも面白い!おススメします。
佐藤隆介「池波正太郎の食卓」から見える、師匠池波正太郎がかわいい!
先日、ブックオフに行った時に100円本の中から
「池波正太郎の食卓」(佐藤隆介著)を入手しました。
池波さんの「書生」を務めた著者が
コレまた池波さんとの深いお付き合いのあった料理人たちと
思い出のメニューを作る、という企画です。
以前紹介した本よりも15年は後の出版だけあって、
写真もすっかり「平成」の雰囲気に変わりました。
佐藤隆介さんの文章は師匠の書き方は
一つ一つの料理に師の思い出を絡ませ、
時に蘊蓄を傾け、時折家族との愉快なエピソードも披露します。
また、池波さんの手で描かれない第三者からの池波さんがまた、面白い。
佐藤さんが池波さんのフランス旅行に同行して「ワイン選んでいいよ」と言われて
佐藤さんが好きな赤ワインを選びまくってたら
「おれ赤ワイン嫌いなんだよ」とヘソを曲げたり、
ハンバーグ嫌いな佐藤さんに
「(横浜)元町のキャプテンでハンバーグを食べろ」と勧めて
あまりの美味さに仰天、師匠に報告したら
「そうだろう。おれのいった通りだろう。あそこのハンバーグステーキだけは他所と違うんだよ」
とドヤ顔で大威張りしてるシーンなんかは
エッセイにはない、生の池波さんを垣間見たようで楽しい。
そして料理人たちも、この「食道楽」のために特別な工夫をしたとのこと。
洋食の再現を担当した「たいめいけん」の茂出木雅章さんは、カツレツについて
「池波先生のときだけは、”紙カツ”にするんだ。肉紙のように薄切りにね。先生は薄いカツレツでないと、本当のカツレツではない、と。昔の人だからね……」(211ページ)
と、笑いながら思い出を語っています。
一方、魔法がとけてしまうことも。
例えば、池波さんの馴染みの味「どんどん焼き」。
池波さんがあんまり美味しそうに書くから
料理人が「絶対私の作った方が美味い」と思っても、
文章の迫力で負けてしまうといいます
では、実際に池波さんが腕を振るった「どんどん焼き」。
味わったことのある佐藤さんはどう、書いているかというと…
生涯最初の(そして恐らくは最後の) どんどん焼について私の卒直な感想を記せば「亡師には申しわけないが、これを肴に酒を飲む気にはとてもなれない」とのことに尽きる。同じ材料で、ただメリケン粉だけ抜いて、炒め合わせたものならお代わりを要求したかもしれないが……。(200ページ)
今は亡き師匠に、今さら「恐れながら」という雰囲気に書いてあるのが、
師匠と崇める人間をもつ私には、身につまされるようで面白いんですよね。
師匠とはまた一味違う文体ですが、
リズムの心地良さはまさに師匠ゆずりというところです。
面白くてあっという間に読み終えてしまいました。
あと、紹介されたメニューの簡単なレシピも載っているので
池波さんが舌鼓を打ったメニューを
食べてみたいという方、実際に作って試してはいかがでしょうか?
最後まで読んでいただきありがとうございます。この記事が面白かったらTwitterリツイートやシェアボタンでの応援よろしくお願いいたします。
コメント