この記事では中公新書『コシヒカリ物語』をメインに、この品種の大逆転劇を書いてみます。
最近、コシヒカリだけでなく、様々な品種が栽培されていますが、
交配を見ると、ほぼすべての品種に「コシヒカリ」の血が受け継がれています。
19世紀にヨーロッパ王室に次々と血族を送り込み、栄光のイギリス帝国を打ち立てたヴィクトリア女王のごとき、日本米のゴッドマザー、コシヒカリ。
昔からこんなに人気だったのか、というとさにあらず。
この不動の地位を確立するまで紆余曲折がありまして、これが滅法面白い。なので、ちょっと書いてみました!
社長さんに借りた本が面白すぎた!!
昔、とある会社の社長室にお邪魔したら、色んな本がおいてありました。
私、人の本を見るの好きなんですよ。その人がどんな意識を持って、どんなことを考えているのかが、何となくわかる気がするので。
種苗会社の方なので、やはり農業関係の書籍が多い。
背表紙を眺めていたら、社長さんが登場。
あわてて席に着いたら「興味あるの?本、貸してあげるよ」とのお話で、たまたま目に止まった『コシヒカリ物語』(中公新書)を貸していただきました。
コシヒカリの生まれたのは、太平洋戦争中!
今、お米といえば『コシヒカリ』と言う位に圧倒的なシェアを持っている状態で、生産量は40年近くもトップに君臨しています。
最近は、オリジナル品種が花盛りですが、元々はコシヒカリと別の品種を交配させたものがほとんど!
日本の米作はコシヒカリ、その子や孫品種で占められていて、さしずめコメ界のゴッドマザーなのです。
で最初、私は…
イメージしたのが、田口トモロヲのナレーションが似合いそうな、男たちの熱い努力の物語!
コメ離れを嘆いた農業技術者が、不眠不休で「美味しいお米を作って、コメ離れを防ごう」と奮闘した熱き男たちのドラマでもあるんかいな、と…
「出来たコメは、美味かった…」みたいな。
もちろんエンディングは中島みゆきの『ヘッドライト・テールライト』で決まりですよ!!
ところが、予想はハズレ!大ハズレ!!
全く逆でした。
食糧増産が第一!質より量の時代
もちろん、交配して品種を作るのにはそれなりに手間はかかっているのですが、この品種が出来た時、旨さに誰も期待してなかったんです。
何しろ作られたのが戦中の1944年。
太平洋戦争の真っ最中でお米の評価は『質より量』。しかも働き手は兵隊にとられるし、海外から食料を輸入できるわけもない。そんな時に怖いのが不作です。
そして不作の中でも、特に日本で頻繁に発生するのがイモチ病。
梅雨時にカビが原因で発生し、お米が実る前に稲を枯らしてしまう恐ろしい病気です。
そこで、イモチに強い品種をとの品種研究が行われます。
つまり、目的は「イモチに強くて、収量が多い品種」を作ること。
その結果、ゾクゾクと目指す品種が誕生する中、それ程イモチに強い特性が出なかった劣等生、それが越南17号(後のコシヒカリ)でした。
品種整理を「たまたま」くぐり抜け、一気にスターダムへ!
試験場では、こういった「狙いが外れた」品種は定期的に整理されてしまうもの。
ところが、運がいいことに
当時、試験の段階での偶然の出来事(本当に手続き不備みたいなくだらない出来事)や、お米の検定システムの隙間を潜り抜け、この越南17号は誰にも知られぬまま、試験場の保管庫でひっそりと生き続けます。
そして戦後、高度経済成長を遂げてコメ不足は解決。
また、食事の西洋化が進むことでコメの消費量は頭打ちになります。消費者もパン食も一般化し、お米の味をより求めるようになってきました。
そんな中、試験場の隅に置かれてた品種が美味しい、ということで一転スポットが当たり
うちでもと、魚沼地区で栽培したらこれがバッチリの相性!!
美味しいお米の代名詞となった『魚沼産コシヒカリ』が誕生したのです。
ところで、お米に限らず作物の品種改良は100回に1回、当たりが出れば御の字。
生み出された品種の大半は日の目を見ることなく消えていくもんなのだそうです。
そんな中、予想に反した悪い成績と評価されながら破棄もされず、ずーっと生き延びる偶然が重なった結果、
元来備えていた旨さが見直されて大ブレイクし、その後人気品種を続々生み出した「コシヒカリ」は奇跡の品種と言えるかもしれませんね。
コシヒカリの元ライバル、ササニシキの今
ところで私が子どものころは、
コシヒカリとササニシキというのがおいしいお米の二大横綱でした。
そういえば、最近ササニシキを聞かないなぁ、と気になり調べてみると…。
実はこの品種、台風などで倒れやすく、イモチや気象の変化に弱いという特徴から生産量が減ってしまったとのことです。
決定打になったのは1993年のコメ不足。
40代前後なら、コメ不足でタイ米が輸入され、日本米にタイ米を混ぜたお米が流通した時期があったことをご記憶のはず。
タイ米は東南アジアで主流の長粒米で、粘りの少ないお米を混ぜると日本式に炊いても美味しくない。
ちなみに我が家はこの時期、チャーハンが爆増しました。油で炒めると、粘りの少なさで逆にぱらっとしたチャーハンができるからです。
どうでもいいことですが…。
その後、推奨米がササニシキから冷害に強い『ひとめぼれ』に切り替わり。
ひとめぼれへの転作が進んだことで、ササニシキは横綱の地位を追われてしまいました。
しかし、このササニシキは旨味よりもさっぱりとした味わいが持ち味。
お米そのものが、洋食の味にも負けないのがコシヒカリなら、素材と喧嘩せず、良さを引き出すのがササニシキの持ち味。
だからお寿司屋さんでは今でもササニシキは大人気で、これを売りにするお寿司屋さんもいるとのことです。
生産の本場宮城県では2017年現在でも生産量3位。
これもまた「量より質」という食の多様化が幸いし、地味に頑張っています。
かつて全国区で頑張っていた大スターが、いつの間にか姿を消して…実はローカルで看板番組を持ち、独自の存在感を放っているみたいで面白いですよね。
【この記事が面白かった人におススメ】
伊藤章治『ジャガイモの世界史』を読む…今では世界中でフツーに食べられるジャガイモが故郷アンデスから世界に飛び出して、まだ500年しか経っていません。わずか5世紀で世界に大繁殖したジャガイモの歴史は「飢えと闘う歴史」の一つです。
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