里中満智子『アトンの娘』は世界史好きにオススメ!!

雑談

SNSの読書グループで、メンバーから紹介された『アトンの娘』が面白そうだったのでAmazonで購入。お休みだった今日にお目当ての品が届きました。

早速読み始めたら、面白すぎてあっという間に読了。

満足のあまり息が思わず出ました。

想像上のストーリーがいい!

まず、これは3300年前の古代エジプトが舞台であり、その中でもとりわけ不明な部分が多い時代(イクナートン、スメンクカーラー、ツタンカーメンは王名表からも抹消されています)であるということです。

しかし、資料を丁寧に抑えながら、作者は想像の羽を広げて、「人はなぜ生き、死ぬのか」「神とは何か」「愛とは何か」という人類始まって以来の問題意識を下敷きにして、ツタンカーメンの正妃アンケセナーメンを主人公に見事な物語を紡いでいます。

面白いなぁと、感じたのが「ツタンカーメンがアメン=ラー神官団と本気でコトを構える姿勢をとった」という話に仕立てているところですね。これぞ想像力の力だと思います。

当時、アメン=ラー神官団は経済力も政治力も侮れないものがありました。今なら迷信と一笑に付されることにしても、信じられることが多い時代です。

アンケセナーメンの父親、イクナートンはアメン=ラーを捨てて、アテン神という「どマイナーな」太陽神を崇める一神教を担ぎ出しました(アマルナの宗教改革)。

今となっては、なぜそんな突拍子も無いことをしたのかは定かではありません。

しかし作中ではそのことでアメン=ラー神官団の力を削いでいこうと考えていたようです。

その理由を肥大しすぎて、権力を持ちすぎた神官に対し、もっとプリミティブで、人々の救いとなる形の神として、アトン神が選ばれたと描かれます。

ツタンカーメンは、父母のその思いを受け継ぎ、神官たちとの対決を決断します。

既存の権力を持つ神官団と社会の矛盾に疑問を感じ、理想に燃えて改革に手を付けようとする若きファラオとの対立構造に、さらに様々な人物の利害関係が絡んできます。

バチバチのファラオと神官団

年配者の分別を持ち、ファラオを諌めつつ神官団にもやんわりと圧力をかけるなど、現実的な協調主義をとる重臣のアイ。

国防力こそ国の要と躍起になり、時には異民族襲来をでっち上げてでも軍事国家へと舵を切らせようとする軍人ホルエムヘブ…

皆が皆の立場で蠢くことで、エジプトはますますカオスな状況になります。

現代劇にも通じるこの複雑な綱引き、錯綜する思惑や感情が飛び交う世界の中で、「神とは何か?」というシンプルな問いがたえず繰り返されます。

無理やり日本史と対比してみる

最近割に日本史を読むようにしているので、コレに近い構造はないかな、と思うのですが、私的には、室町末期〜江戸時代の仏教勢力の状況かなぁ、と思います。

日本では仏教勢力が、一向宗のように民衆に定着するものもあれば、延暦寺のように独立勢力として時の権力に手向かうものもありました。

徳川幕府の時代には、仏教勢力を利用しつつその力を弱めるために様々な策が取られます。例えば、本願寺が東本願寺、西本願寺に分かれたように。

ただ、祭礼国家であった古代エジプトでは、ここまでの荒療治は無理かなぁ…まだまだ世俗化なんで無理な時代でしたし。

なんかこじつけですけどね(笑)自分でやっといてなんなんですけど。

でもやっぱり、若いっていいねぇ…

ここまで書き散らしておいてなんですけど、このマンガはツタンカーメンとアンケセナーメンがホントかわいい!

回りが一癖も二癖もあるオトナばっかりなのに、ティーンらしい理想に燃えて頑張る。

かわいそうなのは、彼が実際に権力を行使するファラオで、対立する者の計略で、ツタンカーメンは命を落としてしまいます。

注意)あくまで作品内の話です。最新の研究では、ツタンカーメンの致命傷と思われた頭の傷は死後、つまりミイラにする途中で付いたものと分かっています。

でも無邪気で幸せだった子ども時代から多感な少年少女に育ち、みずみずしい感性と子供らしい葛藤を重ねながら、お互いを思いやり、人生を共にすることになるシーンは実に微笑ましい。

実際はどうだったかなんてのは今になってはなんとも言えないけど、

ツタンカーメンの棺に置かれたヤグルマギクのシーンを読むと万感胸に迫ります。

「案外(現代的な恋愛感とは違うと思うけど)似た心持ちで手向けたんじゃね?」とか、思いたくなってみたくなっちゃったりしますよ。

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