「若い頃の読書」の意味を考える

読書について

以前も触れた事ですが、大学生の時「1日1冊本を読む」事を最低のノルマとしていました。

元々僕は怠け者で、感心しない失敗はそれこそ山ほどあるのですが

とにかく大量の本を力業で読んだことは素直に褒めてやりたいと思っています。

では、若い時に本を読む習慣をつける事はどんな意味があるのでしょうか?

その辺を考えてみたいと思います。

①読書する体力がつく

苦手な方は「本を読むのがおっくう」という事が多いですね。

どんな事でもそうなんですけど

読書も慣れの要素が大きい。

時間をある程度自分に振り向けられるうちに、その慣れを体得しておくと、社会人になって忙しくても本を読もうかという気になります。

今でも常に本の2、3冊は携帯して、スキマ時間に読む、その癖をつけていたので今でも本を手放すことはありません。

②後で自分の成長が分かる

肉体の成長はだいぶ昔に終わりましたが、昔読んだ本を再度手に取ると、文面から受ける印象がビックリするほど変わる時があります。

本の方は変わる事は無いんですから、読み手である僕が変わったという事ですね。

中学の時、宗田理さんの「ぼくらの七日間戦争」が好きでしたが、つい最近読み直したら主人公の親より自分が年上になっていました。

昔は親側の方はほとんど興味がなかったのですが、今の視点だと親はやはり自分の過去を基本にして子どもを眺めてる事が分かりました。

主人公たちがやってたことって、

ただの秘密基地ごっこですよ。

子どもに向き合ってない連中ほど、それが分からない。

子どもたちが廃工場に立て篭もったことにも「なんか意味(親や社会に対する反抗とか)があるんじゃないか」と勝手に思ったり、自分の若い頃をスポッと忘れて不良行為だと断言してたりしていんですよね。

戦争にしたのは、オトナの方で、完全な独り相撲だった、ってのが大人になってからの感想です。

③案外、フェアな思考がつく

ネットだと用語検索がフィルターとなってしまうので、似た意見が続々と検索結果で出てきます。

それを読んでいるうちに、自分の意見が絶対に正しいと頭が固まってしまう時があります。

経験上、単なる無知より偏った考えで凝り固まることの方がヤバい。

最悪、人生を台無しにしますね。大学生の時、学生運動を拗らせて専従の活動家になってた人がいましたが、

どいつもこいつも図体がデカいだけのアホでした。

1つの見方だけでなく、幅広い視野を持ち、それぞれを理解していく。

実体験だと上記の活動家のようにやり直しは効きませんが、読書で代理経験を積む分にはノーリスクで色んなことを学べます。

偉そうなこと言ってるが、好きだったのは…

そういえば若い頃読んでいたのは大薮春彦や大沢在昌のハードボイルド小説とか、落合信彦の自己啓発の本でした。

ご存知の方が見てみれば大変偏ったチョイスなのですが、好みって変わってくるようです。

今はほとんど読まないし、たまに目を通すと

「随分乱暴な書き方だなぁ…」と思います。デタラメなことが多いし、大薮春彦なんて、今読んだらギャグそのものです。

それでも、今考えるとそういう本こみで私の人生が出来上がっているわけで…まぁ面白いものですね。

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