しくじり英語学習法④~エピソード・0【大学受験編】

しくじり英語学習法〜俺みたいにやるな!〜

ここ数日、しくじり英語学習法を書き続けていたら大変ご好評をいただき、嬉しいです。

自分で書いてても、失敗談は面白いもんですね。

大学生~社会人の大失敗した英語学習を書き綴っているこのコーナーですが、

あ、そういえばもう一つ、これらのエピソードの予兆があったな、と気が付いた次第です。

何を隠そう(隠してないけど)それは現役時代の大学受験エピソード!

しくじり英語シリーズのエピソード・0ともいえる失敗談です。英語の得意な中学生から、高校での迷走、大学受験を全敗して一浪に入るまでのグダグダを書いていきます。

もちろん、全部実話!!

英語に苦手意識がなかったのに…

私、中学校までは割と英語に苦手意識がなかったんですよ。むしろできる方で、ノビノビと授業を受けてましたし、高校は進学校に進みました。

この高校が典型的な「進学意識高い系」の高校で、春休みの課題が当時のリーディングの教科書のレッスンを和訳してレポートで提出せよ、というものでした。

まぁ、当時はマジメでしたから、熱心に取り組んだのですが、

高校の教科書は、おそらくレベル相当高いものだったんで、辞書を引き引き読んでても次から次へと知らない単語が出てくる。

結局課題がこなせなくて、陰鬱なまま入学を迎えたのですが、

この課題がなんと「なかった」ことになりました。

は?でしょ!?

私卒業のときに中学校の友達といっぱい遊んで思い出作りしようと思ってたのに…全部パ~

課題消化しようとして、一生懸命格闘したのに、その課は授業でも触れないし、レポートのことも一切触れない。

なんなんだこの高校は、って思いました。

その後、教え方が下手くそで「予習しろ」しかアドバイスをしない基礎解析の先生とか、

教科書通りに物理の問題を解いたら「俺の教えたやり方と違う!」と(答えが合ってたのに)計算過程を全部×にされるなどした結果

「こんないい加減なカリキュラム、マトモにとりあってたら日が暮れる」

と思うようになりました。

多感な十代だから、理不尽な学校生活に愛想を尽かすこと自体、良くある話だけど。

で、高校の先生の言うこと一切聞かなくなっちゃった。

しくじりその①、それは「客観的にアドバイスを受けられる先生、それがいなけりゃデキる同級生を確保しなかったこと」です。

いや、友達には自分よりできる人いっぱいいたんですよ。

ただ、遊び友達としてだけで、勉強法を聞くことをしなかった、それだけです。

学習法を自分で見つけるという、いばらの道モードに突入

そうなると、定期テストの結果をそこそこ出したら、あとは自分でやり方を試行錯誤する

状態に突入。

昔の人間が、そこら辺の草を口に含んでみて、「これは毒だ」とか実験するようなもん。

だから、参考になるものは片っ端から読み漁り、それを実践して試してる感じ。

そんな中で、私が見つけたのが、英文解釈の分野。

受験の英語って当時、色んな構文が入り混じる、複雑な文章を読ませてたんですよ。それを理詰めで説明して「だからこう読むんだ」というヤツ。

一つ、これをマスターしてやろう、と思いました。

最大の弱点を「言い訳して」放置

しかし、私には決定的に欠けていたものがありました。定期テスト対策で目先のことだけ付け焼刃的に対応したのが仇となり、高校レベルの語彙力がかなり欠損していたのに、それを放置したことでした。

今思うと、当時は「どうやって効率よくやるか?」という意識ばかりが先行した結果、

英単語を地道に覚えることを拒否していました。

その一方で、学習指南書の主張である

「東大生でも、600語しかマスターしていない」

「熟語も300語で充分」ってのを真に受けたんですから。

今でも、ネットやマスコミの偏った意見で判断間違える人、いっぱいいるじゃないですか。

ましてや、当時の私はコマーシャリズムなんて知らない世間知らずなガキでしたから。

それでトコトン突き進んじゃった。3年まで。

しくじりその②、それは「都合のいい話を聞いて、現実に目をつぶった」こと。

教科書丸暗記法に手を出し、ますます分からなくなる

また、当時の自分は困ったことに、国語と歴史はよくできた。

それで、校内の特進クラスの連中に一目置かれていたのはいいのだけれど、

それが逆に「素直に教えを乞う」ってことが出来なくなっちゃった。

もったいないよね。目の前にノウハウをしっかりつかんだ「生きた手本」がいるのに、その話を聞いて自分の勉強法が合ってるかどうか検証する、そんなことすらしなかった。

だから、国語は偏差値60代後半、世界史は偏差値70を大体キープしてたけど

英語は驚愕の偏差値40代後半。50の壁が高かった!!

私立大学受験だから3科目でいいけれど、3科に絞られたら1科目の失敗がすなわち命とりになる。さすがにこれはなんとかしなきゃ、とは思いましたよ。

だけど、当時の私が選んだ方法、それは…

英文丸暗記法でした

当時、東大の野口悠紀雄教授が書いた『超・勉強法』という本がベストセラーになってまして、この野口教授曰く「教科書丸暗記すれば、英語は楽勝!20回も読めば覚えられる」と書いて話題になっていました。

これぞ、神の啓示!私は早速それまで小ばかにしていた教科書の丸暗記に取り組みました。

それまでの英文解釈至上主義をかなぐり捨て、クリスチャンがゾロアスター教に改宗するがごとき、180度の路線変更。

しかし、私には奇跡は起こりませんでしたね。

今考えると理由は簡単。

「理解できない文章を暗記したって、応用のしようがない」だから。

あともう一つ、野口さんの主張するような効用を出すなら、たとえ理解している英文でも回数がひとケタ足らない

私は、中学校レベルの英文をひたすら音読する、というおバカなことを後にするのですが、100回超えてくると、文章を頭から理解する思考回路が徐々に働いてくる。

まぁ、当時はそんなことも分からず、涙目になりながら野口理論を必死でやってましたね。

しくじりその③、弱点を直視できず安易な方法に逃げ込む

そして高校3年の2月、7校受けて7校不合格という「極めて当たり前」な結果に相成りました。なーむー…。

一応、一浪時の勉強も書いておく

とまぁ、見事なまでにコテンパンにされて終わった大学受験でしたが、私は後悔してないんですよ。

今から考えると「世の中の言うことを鵜呑みにして、自分の都合よく解釈してると痛い目に遭う」という非常にありがたい教えを授かったわけですし。

ついでに浪人時代の勉強法はどうしたか、というと…

中学校レベルから大学受験に必要とされる、単語5000、熟語2000という予備校のカリキュラムを完璧にこなし、英文法も中学校から学びなおすという、プライドもへったくれもかなぐり捨てた、超オーソドックスな方法。

結果、あれだけ超えられなかった偏差値50をアッサリ突破し、55,6くらいにまでジャンプアップ

さらに、予備校での超優等生ぶりを先生方に可愛がられ、先生から「長文を読めないなら、これをやってみなさい」と伝授された秘策を信じて、言われた通りに徹底的に実践。

正月返上で猛特訓を重ねた結果、本番までに一通り英文を読める状態に持っていくことができ

9戦7勝で、なんとか雪辱をはたしました。

まぁ、面白くもなんともない方法なんだけど、言葉って結局、語彙と文法。どっちが大事というよりかは車の両輪みたいなもんで、それがないとどうにもならない、

そういう事だったみたいです。

しくじり英語学習法は次回に続きます。

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コメント

  1. […] …なんか、失敗談を書くって面白い。次回も続きます! […]

  2. […] とりあえず前回紹介したとおり、一浪でオーソドックスな学習法を徹底したことで、無事大学生になった私は、「せっかくここまで勉強したのだから」と英語学習の継続を決意しました […]

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